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方剤ひろい読み~人参湯・理中湯~

人参湯は胃腸の冷えの方剤

人参湯は、胃腸の冷えに使用する代表的な方剤で、人参・乾姜・甘草・白朮で構成されている。

生薬学では、
乾姜:健胃薬(主成分ジンゲロール)
人参:健胃止瀉薬(主成分ジンセノサイド)
白朮:健胃薬(主成分アトラクチロン)
甘草:鎮咳去痰薬(主成分グリチルリチン)

中薬学では、
乾姜:大辛、大熱、心・肺・脾・胃、温中散寒・回陽通脈・温肺化痰化飲
人参:甘・微苦、微温、肺・脾、補気固脱・補脾気・補肺気・生津止渇・安神益智
白朮:甘・苦、温、脾・胃、健脾益気・燥湿利水・固表止汗・安胎
甘草:甘、平、十二経、補中益気・潤肺祛痰止咳・緩急止痛・清熱解毒・調和薬性

人参湯と言いながら、実は主薬は乾姜で脾胃を温め、人参が脾胃の気を補い、白朮が燥湿して人参を助け、甘草が調和しているとのこと。トータルして中医学では、温中散寒・補気健脾・温陽摂血の効能があり、主治は中焦虚寒・寒邪直中・陽虚不摂血とされる。

出典は『傷寒雑病論』

出典の『傷寒雑病論』は、現在、『傷寒論』と『金匱要略』に分かれている。方剤名が『傷寒論』では理中丸、『金匱要略』では人参湯となっている。

『傷寒論』
巻七・霍乱病 386条
霍乱(=突然の吐き下し)にて、頭痛し、発熱し、身 疼痛し、熱 多く水を飲まんと欲する者は、五苓散 之を主る。寒 多く水を用ひざる者は、理中丸 之を主る。

巻七・陰陽易差後労復病 396条
大病 差えたる後、喜唾し、久しく了了たらざる(=すっきりしない)者は、胃上に寒 有り、当に丸薬を以て之を温むべし。理中丸に宜し。

『金匱要略』
胸痺心痛短気病
胸痹(=喘息・咳唾・胸背痛・息切れ)にて、心中痞し、留気 結し胸に在り、胸満し、脇下より逆し心を搶くは、枳実薤白桂枝湯 之を主り、人参湯も亦た之を主る。

主に、理中丸と呼ぶ場合は乾姜が主薬、人参湯と呼ばれる場合は人参が主薬となる。

中国の古典での人参湯

・中国
『太平恵民和剤局方』(北宋・陳師文ら、1107~1110年)
一切気(理中丸)
中焦 和せず、脾胃宿冷し、心下虚痞し、腹中疼痛し、胸脇逆満し、噎塞し通ぜず、冷痰を嘔吐し、飲食下さず、噎気し呑酸し、口苦し味を失し、怠惰し嗜臥し、全く食を思はざるを理む。又、傷寒の時気にて、裏 寒え外 熱し、霍乱にて吐利し、心腹 絞痛し、手足 安からず、身熱し渇せず、及び腸鳴し自ずから利し、米穀 化せざるを治す。

一切気(理中湯)
脾胃 和せず、中 寒え上衝し、胸脇 逆満し、心腹 㽲痛し、痰 逆し悪心し、或は時に嘔吐し、心下 虚痞し、隔 塞がり通ぜず、飲食 減少し、短気し羸困するを治す。中を温め水を逐ひ、汗を止め湿を去る。又 腸胃 冷え湿し、泄瀉し注下し、水穀 分けず、腹中 雷鳴するを治す。及び傷寒、時気にて、裏 寒え外 熱し、霍乱にて吐利し、手足厥冷し、胸痺心痛し、逆気し気を結するは、並びに皆 之を治す。

『注解傷寒論』(金・成無已、1144年)
368条
頭痛発熱すれば、則ち邪 風寒より而して来る。中焦は寒熱 相半ばの分為り。邪 稍(すで)に高き者、陽分に居すれば、則ち熱と為し、熱多く水を飲まんと欲する者とは、五苓散を与へ以て之を散ず。邪 稍に下(ひく)き者、陰分に居すれば、則ち寒と為し、寒 多く水を用いざる者とは、理中丸を与へ之を温む。

396条
汗したる后、陽気不足し、胃中虚寒し、津液を内れず。故に喜唾し、了了たらず。理中丸を与へ以て其の胃を温む。

『医方考』(明・呉崑、1584年)
傷寒門・理中湯
太陰にて自ずから利し渇せず、寒多くして嘔し、腹痛し、鴨溏し、霍乱す。此れ太陰 真寒有るなり。本方 之を主る。

『医方集解』(清・汪昻、1682年)
祛寒之剤・理中湯
傷寒の太陰病にて、自ずから利し渇せず、寒 多くして嘔し、腹痛し糞溏し、脈沈無力、或は厥冷し拘急し、或は結胸し蛔を吐し、寒を感じ霍乱に及ぶを治す。

『金匱要略心典』(清・尤怡、1729年)
心中痞気し、気 痹して痞を成すなり。脇下 心を逆搶し、気逆し降りず、将に中の害と為すさんとするなり。是れ宜しく急ぎ其の痞結の気を通ずべし。否なれば則ち速ぎ其の不振の陽を復すべし。蓋し邪の実を去れば、即ち以て安正す。陽の虚を養へば、即ち以て陰を逐う。是れ其の病の久暫を審らかにすること在り。気の虚実を与へて之を決す。

『成方切用』(清・呉儀洛、1761年)
巻六下・祛寒門・理中湯
傷寒の太陰病にて、自ずから利し渇せず、寒多くして嘔し、腹痛し糞溏し、脈沈無力、或は厥逆し拘急し、或は結胸し蛔を吐するを治す。寒を感じ霍乱に及ぶ。凡そ中宮 虚寒し、気 諸証を理すること能はず、倶に宜しく此れを用いるべし。陰陽を分理し、胃気を安和す。

日本での人参湯

・日本
『衆方規矩』(曲直瀬道三、1636年)
中寒門・理中湯
寒気五臓に中りて口くひつめ音(こえ)いでず手足こはりすくむを治す。兼て胃脘に痰を停め冷気刺(さす)がごとく痛み及(および)臓毒下へ泄痢腹はり大便或は黄に或は白く或は黒く或は清穀あるを治す。霍乱門・理中湯:霍乱吐瀉して渇ざるを治す。附録・理中丸:口に冷物を食して寒気中焦に滞りて腹㽲痛(しめいた)み脈沈遅なるを治す。並びに霍乱吐瀉して咽乾ざるを治す。

『勿誤薬室方函』(浅田宗伯、1877年)
理中湯
飮食過度にて胃を傷り、或は胃虚して消化する能はず、反嘔吐逆を致し、物と気と上衝し、胃口を蹙め(そばめ=せまる)、決裂して傷る所、吐血出で、その色鮮紅、心腹絞痛、白汗自ら流る、名づけて傷胃吐血と云ふを治す。
『勿誤薬室方函口訣』(浅田宗伯、1879年)
人参湯
此方は胸痺の虚症を治する方なれども、理中丸を湯となすの意にて、中寒霍乱すべて太陰吐痢の症に用ひて宜し。厥冷の者は『局方』に従つて附子を加ふべし。白朮・附子を伍する時は、附子湯・真武湯の意にて内湿を駆るの効あり。四逆湯とはその意やや異なり、四逆湯は即ち下痢清穀を以つて第一の目的とす。此方のゆく処は吐痢を以つて目的とするなり。

理中湯
此方は理中丸を湯にするものにして理は治なり。中は中焦胃の気を指す。乃ち胃中虚冷し、水穀化せず、繚乱吐下して、譬へば線の乱るるが如きを治する故に、後世中寒及び霍乱の套薬(とうやく=汎用される薬)とす。余が門にては、太陰正治の方として、中焦虚寒より生ずる諸症に活用するなり。吐血下血、崩漏吐逆等を治す。皆なこの意なり。

『漢方処方解説』(矢数道明、1966年)
いわゆる太陰病で、裏(胃腸)が虚して寒えて水のあるものを治すのである。虚寒の証である。…体質は虚証で、筋肉は弛緩し、貧血症で疲れやすい。おもな訴えは、疲労しやすく、胃腸の症状、胸痛のどれかがある。胃腸症状は心下痞え・下痢・胃痛・嘔吐のこともある。

『傷寒論解説』(大塚敬節、1966年)
理中丸は裏寒を温める作用があるので、冷え症で、胃下垂症、胃アトニー症などのある患者で、口にうすい唾液がたまったり、尿が多量に出たり、食欲がなかったり、食べると腹がすぐいっぱいになったり、腹が張ると眠くなったり、腹や胸、背などが痛んだりするようなものに用いる。脈にも腹にも力がないのが普通である。必ずしも、嘔吐や下痢がなくても用いる。

漢方薬局 彩生堂



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