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W.シュトレーク 『時間稼ぎの資本主義』を理解する際に役立つかもしれないメモ

なぜ、政府は国民のために税金を使わないのか?
なぜ、格差が拡がっているのか?
なぜ、銀行の連中は給料が高いのか?

これらについて、理解を助ける一冊なのがW.シュトレークの『時間稼ぎの民主主義』である。

世界を覆う3つの危機

2021年現在、世界のどこかで必ず『経済危機、銀行危機、国家債務危機』のどれかが報道されているように感じる。

特に本書が上梓された2012年当時は、ユーロ危機、ドイツ銀行の破綻危機、イタリアやギリシャの国債のデフォルト等、様々な問題があった。最近の日本でも1人当たり1000万円を超えそうな勢いの国の借金(国債)について、定期的に報道されていて、まるで時限爆弾の爆発までのカウントダウンに聞こえる。2008年のリーマンショックから2021年の現在まで、これらの3つの危機は常に報道されてきたが、状況は改善されるどころか、進行しているように感じる。

私達はこれらの危機は解決されることなく、いつかの時点でいずれかが爆発、誘爆し、世界の経済を巻き込んだリセットになるという予感がある。もちろん、私たちのような一般市民はその余波を大きく受けるだろう。しかし、それは避けられないように思う。

世界経済・国際社会を動かす3人の登場人物

『時間稼ぎの民主主義』では、第二次世界世界大戦が起こり、2008年リーマンショック、そしてその後に2012年まで、3つの危機がどのように進行してきたのかについて語っている。特にその過程について、下記の3人の登場人物を軸に物語のように語っている。

1.政府:国内では絶対的な権力を持ち、国家運営の予算を配分できる。但し、主体性に薄く、国家の運営と自分達の権力維持にしか興味がない。そのため、常に権力維持に役立つ資金提供者にへつらう。

2.国家の民(国民):国民は意思が弱く、優柔不断、快楽主義者で、重要な課題があっても直ぐに投げ出して、遊びに出かける。すぐに文句言うがほとんどは口だけで行動しない。要するにヘタレ。しかし、生産をして価値を生み出すことができる唯一の存在。

3.市場の民(資本家):人格がなく、プログラムされた行動規範である『自己増殖をする』に従う。自分たちで生産活動ができないが、過去から積み上げてきた資本をさらに増やすために投資先を探している。


世界の政治経済を動かす3人の物語

『時間稼ぎの資本主義』の概要を説明する。

世界の政治経済を動かしているのは『お金』である。国家の運営にお金が必要であり、お金があるから、政府が国民に対してサービスを提供できる。

第二次世界大戦後から1970年代までは、高い経済成長を維持していたので、先進国は高水準の福祉・サービスを賄う福祉国家だった。しかも、政府は国家運営を税金だけで賄うことができた。この時代、国家の民の政府に国家運営の資金を提供できていたので、市場の民よりも立場が上だった。

しかし、1970年代に起こった『オイルショック』と『ブレトンウッズ体制の終了』が力学構造を変える。

まず、『オイルショック』により、先進国での高度経済成長が終焉する。先進国で低成長時代に突入したために、それまでのように経済成長に伴う税収が見込めなくなる。そして、『ブレトンウッズ体制の終了』により、金本位制が終了する。物理的な裏付けが必要なくなった資本は、ペーパーマネーとなり、増殖と移動が可能となった。

上記により、市場の民が力学的に圧倒的優勢となる。低成長時代に突入すると製造業よりも、金融産業の生産性が優勢となる。金融産業は労働力が少なくてよい。このため、国家の民の大部分を占める労働者の立場が低下した。

ペーパーマネーとなった資本は、信用創造により、無規律な増殖が可能となった。加えて、1990年代に電子化し、インターネット回線を通じて、国境間を瞬時に無制限に移動できるようなった。このため、市場の民は圧倒的な資金提供能力とグローバル化による投資先の拡大により、国家に対して強い交渉力を持つようになった。

富裕層は市場の民である。市場の民はどこでも移動できる。ある国の政府が五月蠅いことを言ってきたら、別の政府に逃げればよいのだ。折しも、金融移動の自由化により、各国政府は自国に資金を呼び込むために競って優遇措置を訴えた。政府はもはや富裕層から税金を取ることをあきらめ、移動の自由がない国家の民から搾り取ることを選択した。

とはいっても、1980年代は経済規模の拡大により、政府の歳出は大きくなる。しかし、本来であれば高額の税金を支払うべき富裕層から税金を取ることができない。もし、そんなことをすれば、彼らは逃げてしまうからだ。このため、政府は税収で歳出を賄う租税国家をあきらめ、借金をすることを選んだのだった。

さらに悪いことに、借金の貸手は市場の民なのだ。市場の民は利子を生む投資先を探している。しかも、国家間を自由に移動できるため、どこの政府にも投資できる。政府にとっても、定常的な赤字を補填するために、たとえ利子を支払ったとしても安定した資金提供先が欲しい。このため、政府と市場の民はお互い都合の良い存在だった。こうして、1980年代以降、政府は市場の民に従属するようになった。

政府は借金しているので、歳出を減らさなければいけない。このため、『効率化』と称して福祉・サービスを民間業者に移転する新自由化主義が台頭した。新自由主義とは実質的には政府の借金を国家の民に移転する過程に過ぎない。経済成長は期待できず、しかも、そのわずかな恩恵は市場の民に吸い上げられる。国家の民の給料は上がらず、負担ばかりが大きくなる。

市場の民は政府からの利子受け取りだけでは飽き足らず、カジノでハイレートの賭けを始めるのだった。様々な金融市場でバブルを形成し、崩壊させることで、資本を増殖させる。しかも、市場の民の代表格である銀行は『大きすぎて潰せない』ために、バブルで大損をしても政府に救済をしてもらえる。バブル崩壊後の景気刺激策と銀行救済により、政府の借金はますます膨らんでいく。そして2008年の世界金融危機(リーマンショック)により、このばかげたカジノゲームは崩壊した。

2008年の金融危機後、国家の民はバブル崩壊の経済危機により、職を失い、事業が破壊された。政府は過去から積みあがった債務を前に立ち尽くしている。一方、市場の民は自分たちの引き起こした火遊びで全身火だるまになっても、臆面もなく政府の救済を受けた。それどころか、政府に対して、自分たちが貸した債権のカタに、各国家の政治経済システムを市場の民に都合の良い体制に作り替えようとしている最中である。

市場の民による国家の再編が行われれば、今後永久に市場の民の優位は揺るがない。これに対して、国家の民がどれだけ抵抗ができるのだろうか?

著者はドイツ人であり、現職のケルン大学の教授がなので、EUを例に上記の物語を語る。これは毎月のように国家の借金についてニュースになる日本でも共通することが多々あるように思える。

今回はシュトレーク『時間稼ぎの資本主義』について概要を述べた。今後は各論を取り上げて書いていこうと思う。

最後までお読みいただきありがとうございました。
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