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○○の日

○○の日 齋藤 路恵

目が覚めると、小鳥に生まれ変わっていた。
過去を思い出そうと努めると、前世が人間だったような気がしてきた。(しかし、驚くには当たらなかった。「無が有になる」のと同じように、私には、「有が無になる」ことが信じられなかったからだ。で、あれば、死後に生まれ変わるのもありそうな帰結ではある)
小鳥としての生はまずます楽しかった。お腹が減って、青虫をついばむときは、青虫の柔らかい皮膚が膨れて、プチっと噛み切れた。青くて苦いがうまみのある汁が出てきて、その時には幸福を感じた。
あるときは、逆に青虫になった。ついばまれるときは、お腹が押されたかと思うと、ぷるんと中身がこぼれでる感覚があった。すると、ほんの一瞬世界が暗転し、すぐに光が差してきた。新しい生が始まる。痛みはなかった。死はいつも柔らかな区切りであった。
ある時、私はうさぎに生まれ変わっていた。うさぎとして旅人と野辺でたき火を囲んでいた。もともとその日の私は不安定だったが、たき火を見つめているうちに、猛烈にやるせなく、腹が立ってきた。なぜ私は生きているのか、なぜここにいなくてはならないのか。生が続くなら、なぜ意識は「無」を発明してしまったのか?
その時、旅人の腹の音が聞こえたので、思わず私は言ってしまった。
「旅人さん、私を食べてください!」
私は炎に飛び込んだ。だが、意識が途切れるのが遅かった。
あつい
あつい
あつい あつい あつい!
助けて! おかあさーん

やがて、目が覚めた。もう熱くはない。熱かったことさえ、夢のように思える。
さて、私はいま誰なのだろう。これからどうやって生きていくのだろう。

#小説 #ショートショート #3分 #3分以内 #1分 #1分以内 #齋藤路恵


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