見出し画像

【世界一わかりやすい 「医療政策」の教科書】のすゝめ

ハーバード大学で医療政策学の博士号(PhD)を取得されている津川友介先生の名著「世界一わかりやすい 「医療政策」の教科書」を拝読し、これから公衆衛生学を専攻する方(とりわけ、医療政策学や医療経済学を中心にされる方)にとってのバイブルになると思い、備忘録も兼ねて記憶が鮮明なうちに書き記しておこうと思います。


本の構成

本書は全8章からなっており、特に第1章の医療経済学、第2章の統計学が富士登山で言う1合目〜8.5合目といった構成です。
冒頭から読み進めても良いですし、各章それぞれから読み進めていって頂いても、引用や図表も多岐に渡っているので、理解に困ることは無いかと思います。(第2章は少し根気を入れて読まないといけないかもしれませんが。。。)
第3章以降はかなり読み進めていきやすく、これから大学院でMPH(公衆衛生学)を専攻される方にとってはご自身の勉強、論文作成時に助けになることだと思います。


各章の要約

<第1章>
第1章では医療経済学を様々な切り口から紹介しており、医療の世界においては、通常の経済理論(自由経済)が成り立たないというところから話しは始まっていきます。
薬学部出身の私は経済学とは疎遠でしたので、本書を手に取った時は理解が追いつくかとても心配でしたが、問題なく読み進めていくことができました。初めてのキーワード(「モラルハザード」や「クリーム・スキミング問題」など)についても、詳しい説明があるので理解に困ることは無いと思います。

<第2章>
私は統計学に疎いため、2章については正直詳細なところまで理解が追いついておりません。しかし、因果推論をしていく上で陥りやすい罠については「なるほどな」と、今後論文を読んでいく上でのクリティカルな思考を養うには大変勉強になりました。
個人的に仕事をしていく上で必要になりそうなのは重回帰分析の頁でしょうか。この点は別途個人的に勉強を進めていく必要があると痛感しております。

<第3章>
さて、8.5合目を過ぎれはあとは一気に登頂まで、と言わんばかりに一気に読み進めていくことができると思います。この章では政治学について触れられており、一般的に政策が実装されるために必要な「流れ」について解説してあります。
そちらが以下の、
「問題の流れ」→「政策の流れ」→「政治の流れ」→改革の好機
といったものです。

<第4章>
この章では「決断科学」と題名が記されておりますが、主には費用対効果についての章になります。
幸いにも大学生の時に費用効果分析についての講義があったため、遥か遠い微かな記憶を頼りにQALYやICERという指標を改めて復習できたという内容でした。
特に私自身大変学びになったのが、普段何気に乱用していた「費用対効果(Cost-effective)がいい」という言葉の意味合いです。
「費用対効果(コスパ)がいい」の裏の意味は「医療費はあがっちゃうけど、まぁ健康上のメリットも大きいし、よしとしましょうかね」と言った意味合いだそうです。
私は度々「費用もお安く抑えられるし、健康上のメリットにも貢献しますよ」というのを「費用対効果がよい」と使ってしまっていたのですが、実はこれは「Cost-saving(費用抑制効果)」というのが的確だそうです。

<第5章>
本章で取り上げている医療経営学(医療の質)についてもまさに目からウロコの連続でした。
今まで現物給付してきた医療が「本当に質が担保されているのか」を評価されるのは、あまり気持ちの良いものでは無いかもしれません。
コンセンサスがまだ十分に得られていないQI(Quality Index)とはいえ、私は今後の医療において大変重要な指標の一つになってくるものと思いました。(薬局もいずれ食べログみたいに評価される日が来るかもしれません。。。)
さらにもう一つ、医療におけるP4P(Pay-for-performance)にはエビデンスがほとんど皆無であるということも驚きでした。
一見すると、「質の高い医療を提供すればインセンティブが得られる」といった、いかにもパフォーマンスが出やすいような枠組みだと思いますが、エビデンスに乏しいというのはどこに課題があるのでしょうか。
一つの側面には、本書でも取り上げられている「プリンシパル・エージェントモデル」(いわゆる情報の非対称性)の存在でしょうか。
その他には、「インセンティブが弱い」あるいは、「達成不可能な目標」といったこともあるかもしれませんが、真偽のほどは分かりかねます。
今後の研究が待ち望まれるところだと思います。

<第6章>
本章で取り上げられているのは「医療倫理学」についてです。あまり馴染みのない言葉でしたが、噛み砕いていうならば、医療における「格差」「平等性」について取り上げている章です。平等(Equality)と公平(Equity)の違いはよく取り上げられる例ですが、今まさに私たちも直面している社会保障の問題につながってくるものと思います。
日本人はもともと農耕民族であり、「平等」というのが馴染み深い民族である一方、アメリカの自由主義(リベラリズム)の考え方を理解しておくことは、グローバル化が促進する中でも非常に重要なポイントだと思います。
各国の医療制度設計がなぜそうなっているのか、そこには文化的に根付いているものが大きく影響しているのだろうと考えさせられる章でした。

<第7章>
先の「格差」に続いて、本章ではもう少しこの格差という問題が人々の健康にどう関わってくるのか、についてデータを用いて紹介をしております。
冒頭に述べられていた「トマ・ピケティの21世紀の資本」について、恥ずかしながら存じておらず、別途調べるに至りました。(下記の図参照)
本書では触れられておりませんが、ピケティの提唱するr>g(「r」は資本収益率を示し、「g」は経済成長率)を、ローレンツ曲線とジニ係数にて説明しております。

ここでの学びは、「格差の存在は地域全ての住民に影響を与えるのではなく、『富裕層の健康にとってのみ悪影響がある』可能性がある」というエビデンスが存在しているということです。
裕福な人からの恩恵で、社会のセーフティーネットが担保され、その地域における治安やインフラの安定化が巡り巡って富裕層にとっての健康にポジティブに作用しているとすれば、格差によって社会が不安定化してしまうことによるネガティブなインパクトが、結果として富裕層の健康を害してしまうということにつながっていくということなのだと思います。(因果応報ですね。)

<第8章>
最後の章はオバマケアについての歴史、現在、そして日本が学ぶべきことについて触れられていた章でした。
私自身、「オバマケア?皆保険制度にチャレンジした制度でしょ?」くらいの知識しかなく、本章を読んでオバマケア導入に至るまでの紆余曲折や障壁について知ることができ大変勉強になりました。
アメリカにおいては民間の医療保険が根付いている中、オバマケア導入を成功させ、トランプ大統領に政権が移った後でも、共和党からの猛攻撃にも耐え抜いたオバマケアは、今後アメリカの医療を支える柱となるものと思います。
現在のところオバマケアの副次的評価に関しては未だ議論のなされているところではあるようです。
アメリカ人との価値観の違いがあるにせよ、個人的にはやはり日本の皆保険制度というセーフティーネットが支えてきた功績は大きいと思いました。
しかし、私たちの皆保険制度についても、時代に即した変貌を遂げる必要があるのかもしれないと、つよく考えさせられるものでした。


おわりに

津川先生による「世界一わかりやすい 「医療政策」の教科書」についてざっくりと感想を述べてきました。
これから公衆衛生学を専攻する方にとってはぜひとも手に取って頂きた本になっています。
本書で津川先生も述べられているように、ハーバード大学の進級試験に合格するに足り得る知識をふんだんに、でも分かりやすく盛り込んでいるとのことです。
この後、この本がきっかけで公衆衛生学を学ぶという方も出てくると思いますす、今まさにこれから公衆衛生学という大海原へ旅たつ私たちの指針となってくれるものとも思います。

そんな私も、この本をバイブルに1年間の就学に励んでまいりたいと思います。修士コース終了後に改めて、本書のどの点が役に立った、ここはもう少し勉強しておけばよかった、などと言ったことが残せればなと思います。

津川先生の本はこちらから

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?