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【シルクロード11】ウルムチ(二) 天池のほとりと、お腹の最大ピンチ

 翌日、いよいよウルムチ市街から天池へ。
 バスでの車酔いでぼんやりしながら高地をめざし、頭痛に悩まされながらも、
「うわあ……ここが夢にまでみた天池の眺めなんだ……」
 遠くはるかに雪嶺をのぞみ、せまる山々に囲まれ、翠(みどり)の湖面が広がる壮大な風景に、すっかりまいってしまった。
 ためしに天池の水を手のひらですくいとって、舌先でなめてみると、
優しさのかけらもない味だね……」
 まったく甘みがなく、無機質な辛ささえ感じられた。神様というのは、特に得てして女神というのは、そういう性格をしてるよね。
 
 現地カザフ族の、いかがわしそうなおっさんが、しきりに、
「うちのパオに泊まっていきな」
 胡散臭い雰囲気ではあるけれど、パオには泊まってみたい。
 この選択肢は……ま、とても貴重で有意義な経験になった。あらゆる意味で。

 分厚いフェルト生地を地面にしいているだけなので、ごつごつした感触が寝ていて伝わってくる。
 真夏だけど、夜はとても冷えるから、寒い。
 しかも、
(あーあ、葡萄を食べ過ぎちゃったかな)
 困ったことに、お腹がくだり気味だ。
 カザフ族の家族と一緒の天幕で雑魚寝状態なので、あまり物音を立てないよう、そっと起き上がり、入口へ。
 どうも開かないなあ……と暗闇の中で冷静に手探りで観察してみると、大きめの石で塞いであった。
 鍵もないドアなので、なるほど、閉める際はそうするしかないわけだ。
(うんしょ……)
 と石をどかして、そっと外へ。
 煌々たる満月に、岩山が白く光っている。
 自前のトイレットペーパー(中国旅行では必需で、かならず持ち歩く)を手にして、適当な岩陰に身を隠し、なすべきことをなした。
(我が生涯はじめての、自主的野外トイレかも……)
 トイレじゃない場所をトイレにするなんて、普通に生活していたらまず遭遇しない経験だよね。

 無事にパオへ戻ったわたしは、寒さで少し震えながらも毛布を頭からかぶる。
 ……と。
 隣の毛布がもぞもぞと動き、旅の相棒・プチ子が這い出した。
 どうやら同じく葡萄にお腹をやられたらしい。
 が……。
 入口の扉と格闘したまま、3分、5分と経過してゆく。
 最初は扉の前でもたもたしているだけだったが、その内、焦り始めた気配が闇を通して伝わってくる。
 言葉は聞こえないけれど、
(まずい、やばい、この扉どうやって開けんの?!)
 そんな感じの、あたふたしている様子がますます伝わってきて、わたしは吹き出しそうになり、笑いをこらえるのに必死で、毛布がこきざみに揺れる。
 同じパオで眠るカザフ族の家族一同は、そんな修羅場など気づきもせず、豪快にいびきを生産している。
(でも、さすがにそろそろまずいかも。教えてあげなきゃ……)
 と心配になり、毛布から出ようとしたところで、当のプチ子はようやく扉を開け放ち、外の世界へ解放されていった。

 翌朝。
「えー、すぐに教えてくれればよかったのにぃ。あの時、もうダメだ、こんな、こんなところで漏らしてしまうのか……て観念しかけちゃったんだけど!」
 渋い顔で文句を言われた後、二人そろってゲラゲラ笑いあった。

 シルクロードのお話しが、ずいぶん長く続いちゃったので、ひとまず次回もう一回だけウルムチをやった後は、いったん別のお話しへ戻ろうかと。
 でも、シルクロードの思い出がまだまだてんこ盛りなので、そのうち復活するかと思います。

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