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本の紹介『生物と無生物のあいだ』| 生物学者が学術的かつ詩的に解き明かす、生命の神秘


長久手市の行政書士、酒井洋一です。

普段は相続・遺言のお手伝いや不動産のお仕事をしています。

noteでは、専門的なコラムや僕が普段考えていること、趣味のことなどを綴っています。



生物と無生物のあいだ / 福岡伸一


ストーリー仕立ての科学書とでも言いましょうか。
詩的な文学を読んだかのような心地よい読了感がありました。


夏休み、海辺の砂浜を歩くと足元に無数の、生物と無生物が散在していることを知る。美しいすじが幾重にも走る断面をもった赤い小石。私はそれを手にとってしばらく眺めた後、砂地に落とす。ふと気がつくと、その隣には、小石とほとんど同じ色使いの小さな貝殻がある。そこにはすでに生命は失われているけど、私たちは確実にそれが生命の営みによってもたらされたものであることを見る。小さな貝殻に、小石とは決定的に違う一体何を私たちは見ているというのだろうか。

本書より引用

生命とはなにか?
小石と貝殻を隔てたものはなにか?
この本質的かつ難解な問いに対し、本書では生物学者の視点からこの問いに解答してくれている。

DNA研究の歴史や裏側を文学作品のように滑らかに描く本書の中で、もっとも印象的で頭から離れないフレーズがある。

秩序は守られるために絶え間なく壊されなければならない。

本書より引用

著者は生物の定義として「動的平衡」を謳っている。
動的平衡。
機械のように確実に決まった動きをし決まった箇所に収まる存在ではなく、周囲との関係を読み解きながら、形を変えながら、最適解と思われる未来を創り出し、そのふるまいが結果として安定した秩序となる。
周囲との関わりを読み解きながら平衡を保ち続けるのが生物の特徴。
併せて、分子たちはそのままの状態を保ち続けることが難しく機能停止(死)へと向かっていく。これを避け続けるために体内では絶えず新しい細胞を作り続け古い細胞を高速で捨て続けている。
変化し続けることで平衡を保つ。
生物とは不可逆で、常に滑らかで柔らかい変化への適応性を持ったモノのことである。

言葉だけでは理解が追いつかないこの思想。
これを紐解いていくのに重要なのが、量子力学の先駆者としてあまりにも有名なシュレーディンガーによる問いかけ。

さて、原子はなぜそんなに小さいのでしょうか?
これは確かに一寸ずるい問いです。というのは、今私が問題にしているのは、実は原子の大きさではないからです。今問題になっているのは。実は生物体の大きさ、特に、われわれ自身の身体の大きさなのです。(中略)
かくして、我々の問いの本当の目的は、二つの長さ――われわれの身体の大きさと原子の大きさ――の比にあることが見究められたのですから、独立的な存在として原子の方が文句なしに先であることを考えると、先ほどの問いは、本当は次のようになります。
われわれの身体は原子に比べて、なぜ、そんなに大きくなければならないのでしょうか? と。

本書より引用


微粒子はその原子によって絶えずランダムに微動していて、その動きを平均するといずれは拡散し一様になる。
そして全ての秩序ある行動はランダムな動きの分子が一団となってふるまわれることによって顕在化するのである。
このランダムなふるまいは平方根の法則に従っていて、集団の母数が増えれば増えるほど安定したふるまいに見えるらしい。
分子が少ないほど(つまり小さいほど)ランダムで同調性が無い動きになり、分子が集まれば集まるほど(つまり大きいほど)ふるまいが平均化され安定的に行動しだす。
これが人間の身体が大きい理由に他ならない。

分子に比べて人間の身体がかくも大きい理由、分子が集まって身体を形作っている理由が量子力学のランダム性から説明できるとは思ってもいなかった。

そしてもうひとつ、動的平衡の説明として出てくるのが狂牛病の話。
牛の体からとある細胞を取り除いても支障はない。
全く正常に生きていくことができる。
ところがそこにわざと損壊させた細胞を注入すると異常をきたし死んでしまう。
ひとつひとつの分子は明確に意味の与えられたパーツではないことがあり、時間と共に進む生物の成長を媒介・促進するためのパーツであることもある。
とある成長のタイミングで初めて役割を果たし、また成長前の状態を察知して今後の成長を決定づける力がある。
これはひとつひとつ明確に役割を決められた機械ではあり得ない、生物が持つなめらかで柔らかな適応能力である。
また機械はパーツ毎に明確な役割があるからこそ、壊れたパーツさえ交換できればいつでも全体としてその役割を果たす。
生物は時間と共に細胞たちが絶えず破壊と創造を繰り返し、時の流れに逆らうことなく命を進めていく。

この時間の不可逆性もまた生物を形作る大切な要素だと知った。
あまりにも小さな世界で、あまりにも柔軟な働きをしている僕らの身体。
壮大で、神秘という言葉を使いたくなるほどあまりにもよくできた世界。
関心とも感動とも違う、打ちひしがれるような感情の震えを覚えます。

本書には明記されているわけじゃないけど、これってなんとなくAIと人間の役割の違いに近いものを感じました。
与えられたものを的確にこなすことができるAIの対極に、人と人との出会いで関係性を構築し、臨機応変に変化に対応し、人としての魅力・能力で未来を創る人間がいる。
人間ってこの性質を太古から内に秘めていたんだなと思うと心強くなりますね。

そう考えると冒頭にも取り上げたこの言葉も人間の社会全体を表した言葉のように見えてきます。

秩序は守られるために絶え間なく壊されなければならない。

本書より引用

むかし誰かが決めた社会のルールや仕組み。
変化の時代にありながらそれらを残したまま社会を構築し続けることで発生し続ける歪み。
人も組織も社会も、絶え間なく変化し続けるべき存在だとひとりひとりが気付けば、生きやすい世の中になるのかもしれませんね。
分子の話から、そんなことをぼんやりと考えたりしました。


自分のためにまとめようと思って書いてみたものの、専門的分野の話ということもあり本書の魅力を他人に伝えるのは難易度が高いなと改めて感じました。
それでも、本書に込められた知的好奇心の片鱗を感じてもらって、本書を手に取るキッカケになれば幸いです。



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