カノジョに浮気されて『八犬伝』かおとぎ話かわからない世界に飛ばされ、一方カノジョは『西遊記』の世界に飛ばされました⑧

佑月は、宰相殿の屋敷で奉公のために住んだ。
奉公といっても、佑月の小さな体ではできることはないので、もっぱら愛玩用に飼われていたのだった。
佑月はその小さい体を見られるのは我慢できたが、家の者や奉公人が、佑月が反抗できないのをいいことに色々体を触ってくるのは我慢ならなかった。
(くそっ)なんとか堪えて、宰相殿の屋敷に滞在し続けた。
佑月は最初、屋敷の賄いから飯をもらっていたが、やがて給金をもらうと、鍛冶屋に頼んで小さな釜を作ってもらい、自分で米を買って自炊するようになった。
自炊するようになると、
「俺は一人前の奉公人だぞ!」
と言って、佑月は人に体を触らせなくなった。屋敷の人々はそんな佑月に愛嬌を感じ、体に触らなくなった。
(なんだ、みんないい奴じゃん)
佑月は屋敷の者達を見直した。
(本当は砂金を使って米を買おうかとも思ったんだが)
砂金を入れた袋は佑月の体と共に小さくなって、使うとすぐに無くなりそうだった。
(だが、これで時間が稼げた。屋敷の者達に俺を信用させる時間が)
3ヶ月が過ぎた。
(ーーよし、もういいだろう)
真夜中に、寝たふりをした佑月はむっくりと起き出して、神棚に行ってソコからお供え物の米粒を2、3粒取り、次にこの屋敷の姫の部屋に行き、襖に手をかけた。
「ふっ!ーー」
佑月の体では、襖は非常に重かったが、なんとか佑月は声を出さずに、体が通れるくらいに襖を開けることができた。
「はあ……はあ……」
姫君は眠っていた。
佑月は姫に近づいて姫の顔をまじまじと見た。暗くてよく見えないが、
(ーー間違いない、この子は八百比丘尼だ)
と佑月は思った。
(よし)
佑月は姫の顔に近づき、姫の唇に米を2、3粒つけ、その場を離れて寝ぐらに戻った。
翌朝、
「うわーん!」
と、佑月は空の茶袋を持って泣いた。
屋敷の者が駆けつけてくると佑月は、
「米袋の米を姫に取られた!」
と言って騒いだ。
屋敷の者が姫を見ると、確かに姫の唇に米粒がついている。
やがて屋敷の主人、宰相殿が佑月の前に来て、
「……一寸法師、姫がそなたの米を盗んだのは間違いないな?」
と尋ねた。
「武士に二言はござらん!」
と佑月は言ったが、
(なんで宰相殿はこんなに困った顔をしてるんだろ?弁償すれば済む話なのにーー)
と思った。
「ーーのう一寸法師、そなたは表向き奉公人ということにしてあるが、実はそなたは大切な客人なのだ。そなたの父母は昔無実の罪で流罪になった公家じゃ。そのため帝からもそなたを大切にするように言われておる。それを姫がそなたの米を盗んだとあってはいかにも体裁が悪い。そこでどうじゃ、姫はもうこの屋敷に置いておけぬから、そなた姫を連れてこの屋敷を出ていってくれぬか?」
宰相殿が言うと
(ああ『一寸法師』はそういう話だっけな。しかし弁償で済まさない理由にはならないと思うけど。普通の人間の大きさからしたら、盗まれた米は大した量じゃないし)
しかし思った通りになったので、佑月はふたつ返事で引き受け、姫と共に屋敷を出ることになった。
佑月は姫と一緒に歩くが、姫の方が体が大きいので、佑月の方が遅れてしまう。
「ーーもそっと早う歩いてくださりませぬか?」
姫が言うと、佑月は頑張って早足で歩いたが、姫には追いつかない。
それでも頑張って佑月が走ろうとすると、姫はひょいと持ち上げて佑月を手の平に置いた。
「何をする!」
佑月は叫んだが、
「ほっほっほっ」
と姫は笑い、「この世のほとんどはまやかし、あると思ったものがなかったり、なかったと思ったものがあったりする。自分に力があるのも気づかないおバカさん」
と言った。
「お前ーーやっぱり八百比丘尼だな!何が目的であそこにいた!俺に近づいてどうするつもりだ!」
「宰相殿の屋敷に姫として入り込むことなど造作もないこと。この世はまやかしでできているのだから、別のまやかしを使って私を宰相殿の娘と思わせただけ」
「どうやってあそこにいたかは興味はあるが、そんなことは聞いてない。なぜあそこにいたか、俺に近づいてどうするつもりかだ」
「宰相殿の屋敷におれば、お前様がやってくることがわかっていたから。ただそれだけ。お前様に興味があればこそ」
「胡散臭いな。一体ここはどういう世界なんだ?」
「お前様はまだ知らないのかえ?ここは黄泉の国、人の記憶が集まってできた世界さ」
「そんな世界に、なんで俺は連れて来られた?」
「お前様は呼ばれたのさ。第六天魔王を倒すために」
「ーー第六天魔王?」
「この世界の王さ、王にはなったものの、愛する者を失ってこの世界を滅ぼしにかかっている魂の脱け殻さ。お前様のようにね」
「なんだとーー」
佑月は腹を立てた。「お前なんでそのことを知ってる!」
「おなごに振られて自分の居場所がわからなくなって、この世界でなんか自分に運命があるんじゃないかと思ってさまよっている」
「黙れ!」
「さあ運命の勇者様、お仕事の時間だよ」
言われて佑月が後ろを見ると、ズシンズシンと、一つ目の鬼がこちらに向かってくる。
八百比丘尼は佑月を地上に下ろし、自分は木の陰に隠れた。
(くそっ、こんなところでーー)
鬼は佑月をつまみ上げた。
(ええと、一寸法師が鬼を退治する方法はーー)
鬼は佑月を口の中に入れた。
佑月は鬼の体の中を動いて、鬼の目から出た。
鬼は驚き、もう一度佑月を口の中に入れるが、佑月はまた鬼の目から出てきた。鬼は気味悪がったのか、とうとう逃げ出した。
鬼は打出の小槌を落としていき、佑月は打出の小槌を自分に振って元の大きさに戻った。
(うわっ!気持ち悪っ!)
体中が鬼の体液にまみれている。
「ーーふふっ、鬼の汁まみれで汚ならしい」
と、八百比丘尼が出てきて言った。
「ーーそういや八百比丘尼、まやかしをかけたという割にはずいぶん呆気なく宰相殿の屋敷を追い出されたじゃないか」
佑月はようやく、八百比丘尼に皮肉を返す余裕が出てきた。八百比丘尼はむっとして、
「まやかしは所詮まやかしだからね」
と言った。
「案外正直に言うね」
「嘘にしがみつくことに意味はないのさ。お前様がこの世界に呼ばれたのも、愛する者を失った同士で釣り合いが取れるからさ」
今度は佑月がむっとする番だった。
「惚れたおなごに裏切られて、ここに何かの宿命があると思って懸命にそれに応えようとしている哀れな男」
「黙れ!」
「お前様が惚れたおなごはとっくにお前様のことなど忘れて、相手の男とよろしくやってるさ」
「黙れ黙れ!」
「お前様だってそのおなごを待つつもりはなかったのだろう?だから私を連れ出したのだろう?」
「うるさい!お前に海松のことなんかわかるか!海松はお前みたいな奴とは全然違う!」
「私ならそのおなごよりお前様を楽しませてあげるよ!お前様も私を求めていたんだろ?」
「うるさい!黙れ!」
佑月は八百比丘尼を押し倒して、首を締めた。
「くっ!……」
八百比丘尼はもがいたが、やがて佑月は手を離した。
「ーー何よ、そのおなごとまた会ってもうまくいったりはせぬぞ」
八百比丘尼は捨て台詞を吐いたが、佑月はそれに構わずに八百比丘尼から離れていった。

一方海松達は取経の旅を続けていると、「助けてー」という声が聞こえ、子供が木に吊るされているのを見た。
「お猿さん、子供が木に吊るされてるよ。助けてあげて」
海松が言うと、
「孫行者と言ってくださいよ。お師匠様、あれは妖怪です」
と悟空は言う。
(え!?妖怪?また?)
海松は吊るされた子供を見た。妖怪であっても、こんな小さな子供が殺されるところなど見たくない。
悟空も、そんな海松の気持ちを察してか、子供に打ちかかったりはしない。
やがて子供が泣き出すと、海松はたまらなくなった。
「八戒、子供を助けてあげなさい」
海松が言うと、八戒は木に登って子供を木から下ろしてやった。
(あああたしのバカ!お猿さんが妖怪だって言ってるのに!)
と海松は後悔したが、念のため自分で確かめてみようと思った。
「ぼく?こんなところでどうしたの?お父さんとお母さんは?」
海松が聞くと、
「盗賊がやってきて、お父さんもお母さんも殺されちゃった」
と子供が言う。
海松はもうたまらなくなり、悟空がなんと言っても子供を助けてやろうと思い、
「八戒ーー」と言いかけて、
「いやお猿さん」
と海松は言った。「この子をおぶってあげて」悟空は肩を竦めた。
(ごめんお猿さん!もしこの子が妖怪だったら、八戒じゃやられちゃうかもしれない。お猿さんじゃないと対処できない)
と海松は祈るように思った。
悟空は子供を背負った。
すると子供は口に呪文を唱え、悟空の首に息を吹きかけた。相手を動けなくする呪いである。
「ーーそんなことだと思ったぜ!」
悟空は子供を放り投げた。しかし妖怪は子供の体から抜け出し、
「ばれたか!」
と叫んで、妖術を使って嵐を巻き起こした。
悟空、八戒、沙悟浄は、地面にしがみついて嵐をしのいだ。
嵐が止むと、海松がいなくなっていた。
「しまった!お師匠様も俺の言うことを聞いてくれりゃいいのに!」
と悟空は喚いた。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?