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【ミステリーレビュー】ジェリーフィッシュは凍らない/市川憂人(2016)

ジェリーフィッシュは凍らない/市川憂人

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第26回鮎川哲也賞を受賞した、市川憂人のデビュー作。

特殊技術で開発され、航空機の歴史を変えた小型飛行船"ジェリーフィッシュ"が誕生している1980年代のU国を舞台にしたクローズドサークルもの。
マリア&漣シリーズの第一弾となる。

新型ジェリーフィッシュの試験飛行を行っていた技術開発メンバーたち6人が、移動不能の雪山に不時着。
その中で、全員が他殺体で発見されるという事件が発生する。
事件の当事者たちが全員変死している状況から、アガサ・クリスティの「そして誰もいなくなった」や、綾辻行人の「十角館の殺人」への挑戦とも言われる作品であるが、なるほど、科学推理ものかと思わせつつ、蓋を開けてみれば、完全なる新本格ミステリーであった。

事件発生後に調査を行うマリア&漣の刑事パートと、開発者のひとりであるウィリアムの視点で描かれる事件発生中の当事者たちのパートに、犯人の過去の回想がクロスオーバーして展開。
現在と過去を行ったり来たりする中で真相が明らかになっていく過程が、スリリングで面白い。
時代背景も踏まえて、R国の工作員である可能性も選択肢に残し続けたのも、登場人物を転がすうえで上手く作用していた。
軍事機密が絡む事件において、こういう捜査方法が成立するのかよ、というご都合主義な側面はあるものの、実にミステリーの楽しみ方を心得ている作家だな、と感心。
フーダニット、ハウダニット、ホワイダニットがすべて詰め込まれた謎の多さもポイントで、ひとつ見抜けたとしても全貌は明らかにならず、最後の最後まで気を抜くことができないのである。


【注意】ここから、ネタバレ強め。


肝は、二重に張り巡らされた叙述トリックと言えよう。
もっとも、それにより騙されているのが、読者だけではなく、刑事たちもであるため、フェアと言えばフェア。
トリックの性質上、探偵役よりも先に読者が犯人を知るというのは、なかなか面白い体験だった。

一つ目の叙述トリックは、被害者と犯人の入れ替わり。
「そして誰もいなくなった」や「十角館の殺人」が引き合いに出されているため、殺された被害者たちの中に、実は生きている犯人がいることは、メタ視点ではあるが推測できる。
そこに、現在と過去の視点の切り替えがあるのだから、刑事が認識している実際の被害者のひとりは、当事者パートで登場するメンバー以外の人間と見て良いはずだ。
ひとりだけ、わかりやすく"トリックがあります"という殺され方をしている人物がいることからも、著者からしてみたら、これはあえて食いつかせる見せ球だったのだろう。

何故なら、この叙述トリックがあることにより、もうひとつの仕掛けに気付くことができないから。
正直なところ、犯人は上述のとおり解決編を待たずに推測がつくため、宣伝文句で有名な作品の名前を出したら実質ネタバレだろ、なんて編集目線のツッコミを入れていたのだが、一発逆転、最後はまんまと騙されていた。
犯人と被害者が入れ替わっているのであれば、真犯人はどうやって逃げたのか。
この部分で、躓くように仕向けているのである。
頭の良い著者のことだから、ここまで予測して名作への挑戦をうたったのではないかと勘繰ってしまうほど、鮮やかだった。

科学的な説明の部分は、文系の僕には難しすぎたのも事実。
一方で、思い返してみれば、ちゃんとそこに伏線が隠れていただけに、飛ばし読みは禁物かも。

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