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182. 内田善美 その5 【漫画】

ちまちま書き溜めております内田善美漫画の感想記事、第5弾。主要作品はほぼ読んだので、あと1回か2回で終わる予定です。
※いつもの如くネタバレ注意です。
これまでの内田善美の記事・内田善美って誰よという方はこちらからどうぞ↓

毎度、圧倒的描き込みの美しい絵と哲学的なセリフの連なりにうっとりしてしまう内田善美作品。今回は「草迷宮・草空間」と「ソムニウム夜間飛行記」について。

○草迷宮・草空間
大学生の草(そう)が、”ねこ”と名乗る子供を拾い、下宿で一緒に暮らすことになるところから物語は始まります。
草はねこに人間の暮らしについて教えたり、無邪気で純粋なねこが世界を新鮮に見つめる眼差しに考えさせられたり。喧嘩もしつつ少しずつ互いに成長していきます。
現実と幻想を行き来するような語り口が心地良い、洗練された作品です。

先日インスタグラムでもご紹介しました。

帯に(わたしが持っている本にはついてないけど……)「人形の”ねこ”と人間の”草”の想いが凝縮して空から白く冷たい魂が降ってきた!!」とあります。それだけ読んだらなんじゃそら、ですが、草空間を読めば理解できます。

・草迷宮 めらんこりあPART 4
泉鏡花の小説に同名の作品がありますが、直接的な関係はない模様。
そしてPART 4というのも、特に1〜3が存在するわけではなく、謎。(ご存知の方いらっしゃいましたら教えていただけたら嬉しいです)

草迷宮で描かれるのは、草がねこに出会い、ねこを受け入れるまで。季節は夏。
一体ねこは猫……なのか?人間なのか?と思わせておいて、実際は人形……と言っていいのか最後まで結局分からず翻弄されます。
正しくは「生き始めている人形」のようなのですが、もし最後に全部草の妄想でした、と言われても納得できてしまうような描き方。

話の肝となっているのが、死んでしまった金魚のエピソードです。
ねこにとっては初めて触れた「死」という現象。死が何なのか理解できないねこは、埋葬した後に草が「肉体はいつか朽ちて土になる」と言ったら、埋めなければ死なないと思ったのか金魚を掘り返してしまいます。

草が土ん中に入れちゃったんじゃない!!
土から出してよ 出してよォ
金魚 土なんかになんないよー

だめだぜ
あいつはもう俺たちのとこにゃ
帰ってこないんだ
おまえのボスと同じとこにいっちまった
俺たちだって
あいつをもうみつけられないぜ
ほら……

そうして紙面いっぱいに、風の渡っていく草原の風景。
センチメンタルにその場面は終わりますが、金魚についての思考はここで終わらず、ねこはきちんと自分の中で腑に落ちるところまで金魚と向き合います。
彼女が辿り着いた答えが正しい理解かどうかはともかく、とても純粋で真摯な姿勢にはっとさせられました。
魂って何なのか、生きるって何なのか、その問い掛けはねこの存在を形作っている”魂”にも繋がる、物語の根幹ともなっています。

・草空間 めらんこりかるShopping
季節が移り、冬になりました。より成長したねこは表情が豊かになり、ますます人間に近付いている様子。バツが悪い時に誤魔化す表情とか、子供らしくてとても可愛らしいです。

また、大学の友達との付き合いもより深く描かれ、内面の成長に伴って物語内の世界が広がっています。
わたしは特に草の悪友、時雨(ときふる)くんが好きで、草に呆れながらもほっとけずに何かと世話を焼く性格も良いのですが、何より名前が素晴らしい。時雨と書いてときふると読むとは、なんて素敵な字面と響きでしょうか! 子供がほしいと思ったことはないですが、もし男子の命名をする機会があったら絶対にときふると名付けたい。

草が好意を抱いている女性、あけみちゃんとの仲にも進展が見られます。一見美人で女性らしい素敵女子大生なあけみちゃんですが、心理的に草と近しいものを持っているようで、二人の少ない会話と間が、なかなか言語化できない心の底にあるような思いを共有している様を表現しているのが印象的でした。

草が昔に思いを馳せているのに気付いたあけみちゃんのセリフ

人間(わたしたち)って不思議ね
こんな小さな身体の中に
無数の時間
無数の空間を
持ってしまえる…
でも
誰にも わけてあげられない
ほんとうのところは
誰にも わけてあげられないのね

この言葉を聞いて、草は心の中でこう呟きます。

こんなに
薄いおもいさえ
俺の中に
淡い時空をつくる
誰にも語りきれない色…
誰にも分ちきれない空間(おもい)…

なんと豊かな時間でしょうか。
じっくり考えた末に書かれた漫画の中の言葉だからこそ、的確な言葉を選べていることは重々承知していますが、こんな時間を誰かと過ごせたらそれは至福の時と言っても過言ではないと思うのです。
内田善美作品にはこういった宝物のような会話・時間が多く描かれ、読んでいるといつも嬉しいような羨ましいような気持ちになります。

・ソムニウム夜間飛行記
こちらは漫画ではなく、朝日新聞に載ったイラストに詩や短文を添えてまとめたもの。ソムニウムは”夢幻”の意味です。
その名の通り、夢の断片のような、夢想的な小話の寄せ集めで、漫画よりさらに幻想的で夢の世界に遊んでいます。絵も漫画とは違って、より細密画に近い描き方をしています。

あとがきで「夢想が引き起こす現実の事件が好き」と語る内田さんは、「よくある話を幾つか集めてみました。大方ご存じでしょう?」と言っていますが、大半が知らない話でした……わたしが無知なだけなのか、あるいはそういう体の創作なのかしら? と思ったり……。

数ある物語の中でもわたしは「月物語」がお気に入り。さる高名な天体博士が月に都市を発見した、というニュースを真に受けた人々が熱狂し、すぐにデマだと分かって騒ぎが収束したという話なのですが、最後の一文が余韻を感じさせて美しい。

都市の人々はあの美しい夢から醒めても、また、新しい夢を見はじめていた。

漫画だと思って手に取ると拍子抜けするかもしれませんが、詩画集と思って読み始めればそこそこ楽しめるのじゃないでしょうか。必ずストーリーやオチがあるわけではないですし、あくまで雰囲気に浸りたい人向け。


どちらも濃密な読書時間でした。絶版で古書価格も高騰しているのが惜しまれますが、それでも「草迷宮・草空間」の方はそこそこ古書で出回っておりますので機会がありましたらぜひ。

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