キノヒカ

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中編「天使の病室」 2015

 その女の子が僕の病室に突入してきたのは、僕がベッドで目を覚ました次の日のことだった。  スライド式のドアを開け放ち、突風の勢いで飛び込んで来た彼女の姿を隠すように、宙に舞い上がった長い黒髪が遅れてその肩に滝のように降り注いだ。簾のように顔にかかる髪の隙間で、彼女は俯き大きく肩で息をする。ぜえ、はあ、と喉の奥で嵐が鳴って、細い手足はそれに合わせてぐらぐらと揺れていた。まるで老婆だ……。杖の代わりに携えているのは、点滴の袋がぶら下がるキャスターだった。  震える右手でもこもこと

    • 短編「少女アンドレ」 2017

       一たす一たす一は三。  百たす百たす百は三百。  同様に、花火をたくさん集めて火をつけたら、大きなおおきな花火ができるだろう……。そんな思い付きを実行に移したのは、川沿いに住む小学生四人組だった。  夏休み最終日の、思い出づくりと称した夕方六時。人通りの少ない道に囲まれた小さな公園に集合した彼らは、空のラムネ瓶に市販の花火セット二袋分の火薬を詰めていった。指先に染み付く火薬の匂い。背中を伝ってゆく汗。徐々に高まってゆく期待と、笑い声。  犬の散歩中にその様子を見かけたという

      • 短編「Crysalis」 2018

         青虫は、さなぎの中で一度どろどろの液体になってから、蝶の姿に再構成されていくらしい。コンプリート・メタモルフォシス。完全変態だ。 「人間と同じだね」  僕がそう言ったら、女が珍しく大口を開けて笑った。バカにされたのかと思ったけど、続けて「本当にそうねぇ」と女がアンニュイな表情で紫煙をくゆらせたものだから僕は、この女もかつては確かに少女という生き物だったのだと、思い知ることとなった。それはとても、気持ちの悪い話だった。  塗装の剥げたスチール製の玄関ドアを開けて、ただいまぁ

      中編「天使の病室」 2015