見出し画像

アート作品としてのモバイルアプリ | UI/UX Journal vol. 20

今回は、「アート作品としてのモバイルアプリ」というテーマでnoteを書いてみたいと思います。

私がこのテーマについて考え始めるようになったきっかけになったのが、"(Not Boring) Apps" というアプリでした。

"(Not Boring) Apps" とは?

Andy Worksが運営しているアプリのシリーズで、現在「天気予報」「計算機」「タイマー」の3つのiOSアプリを展開しています。

機能はどれもミニマルで、それぞれ"ただの"天気予報/計算機/タイマーのアプリなのですが、それぞれの作り込みがとても細かく、ビジュアル・アニメーション・サウンド...それらすべてにかなりのこだわりが感じられます。

このアプリに出会うまでは、「計算機アプリなんてiOSデフォルトのアプリで十分事足りるし...アプリはシンプルでミニマルなものだけでいい」と思っていました。
そんな私が、この「ただのユーティリティアプリ」に課金してまでこのアプリを使っている理由は、ビジュアルの素敵さももちろんですが、1つの「作品」としてこのアプリが好きになったからでした。

"I Will Not Use Any More Boring Apps."

1つの「作品」として、このアプリが気になり始めたのが、このTerms and Conditions(利用規約)でした。

画像1

"I will not use any more boring apps. I will not use any more boring apps..." と繰り返し書かれたこの利用規約。

先にネタばらしをしてしまうと、これはコンセプチュアルアーティストであるジョン・バルデッサリ(John Baldessari)の "I Will Not Make Any More Boring Art" という作品のオマージュなのです。

画像2

画像:MoMA Learning

1931年に生まれたバルデッサリは、風景画や抽象画を描く画家としてキャリアをスタートさせました。
しかし、1960年代の絵画のあり方に疑問を抱き始め、自らが制作した初期の作品の多くを焼却し、それを"The Cremation Project(火葬プロジェクト)"という形で発表し、当時のアート界に衝撃を与えました。

その数カ月後に制作したこの "I Will Not Make Any More Boring Art(つまらないアートはもう作らない)"は、当時の彼の想いが強く感じられる作品となっています。

・・・


そして、(Not Boring) AppsのデザイナーであるAndrew Allenさんも、バルデッサリが当時の絵画に疑問をいだいていたように、どれも同じような、退屈なアプリが生み出され続ける今の世の中に嫌気がさしてしまったと言います。

「数週間前に、誰もが熱狂したホットなアプリがあったが、今ではもう誰も覚えていない。今週は、新しいメールアプリ、新しいダッシュボード、そして新しいブックマークアプリが登場した。
しかしそれらもすべて、『アプリの海の中』に消えていく運命にある。すべて同じようなつまらないテンプレートのデザインやフレームワーク、どれも似通ったランディングページのデザインでは、これまた聞き飽きたトーン&ボイスでプロモーションされる。

...プロダクトデザインは必要以上に型にはまったものになり、私たちが作るアプリはまったく刺激のないものになってしまった。これが終焉の時なのだろうか?( "No More Boring Apps"より翻訳)」

Andrewさんは、スケッチアプリ"Paper"のリードデザイナーをつとめる等、数多くの人気アプリのデザインに携わってきました。

そんな業界の第一線で活躍していたデザイナーが、ここ数年で目にしたアプリの多くは、とにかく"つまらないものになってしまった"と言います。

「...毎日、何百万ドルもの資金が投入され、何百もの新しいアプリがリリースされ、世界は1つずつ便利になってきた。アプリは、私たちの日常生活の一部となっている。一緒に起きて、一緒に食べて、一緒に用を足し、一緒にベッドに入る。ソフトウェアは世界を席巻し、多くの人がこれをデザインの黄金時代と称えようとしている。

そして今、そのすべてを"燃やす"時が来たのだ。

しばらくデジタルのデザインから離れていた期間に、家具を作るという経験をし、気付かされたことがたくさんあったそうです。

画像5

...「座る」という課題はとっくに解決されたのに、なぜいまだに毎年いくつもの椅子がデザインされるのか?それは、もちろん課題解決のためのデザインではないことは誰しもがわかっている。椅子は単なる媒体である。
本当の目的は、人にインスピレーションを与えたり、可能性への理解を広げたり、今生きていることの意味をユニークに表現したりする、もっと大きなものだ。(画像:"No More Boring Apps")
...小さな会社であれば、風変わりなことをしやすいし、大手企業にはできない視点を持つことができる。
椅子の世界で言えば、IKEAよりも安い椅子は作れない。しかし、彼らが作れないもの...たとえば、もっと面白いものを作ればいい。

そして2020年にWeTransferを去ったAndrewさんは、現代のデジタル領域におけるデザインの役割を再考するため、Andy Worksを立ち上げました。

時代や業界は違えど、バルデッサリがかつて新しいアートの形を0から探し始めたように、Andrewさんも新たなソフトウェアのデザインの形を探し始めました。


「アート作品」としてアプリを買う

画像5

(Not Boring) Appsの美しい3Dデザインやアニメーションは、ゲームのように"スキン"を自分好みのものに変更することもできます。
6月には初の「アーティストコラボ」として、デジタルアーティストのJames Patersonさんとコラボしたスキンも公開されました。

しかし、これらを使うには年間14.99USD(すべてのスキンや特典を受け取る場合、69.99USD)の課金が必要になります。
世の中には無料で十分使えるユーテリティアプリが山ほどある中で、決して安い金額ではありません。

画像4

しかし、このアプリのコンセプトやデザインそのものに魅了されたり、私のようにAndrewさんの思想に共感してこのアプリを使っているユーザーが、少しずつですが増えています。まさに、作品のストーリーや作り手の想いに魅せられてアート作品を買うように。

(Andrewさん自身も、「このアプリはマスマーケット向けではない。このアプリのデザインを好む一部の人のための、ニッチなプロダクトである」とFAST COMPANYの記事内で語っています。)


「使いやすいアプリ」以上の価値

これは近年よく言われていることですが、"UI/UX"領域において、デザインのリソースがよりオープンに、そして技術も学びやすくなった今の世の中で、使いやすい、整理されたアプリは以前と比べ格段に増えていっています。
そして、その流れに伴い、より多くのユーザーが「使いやすい」以上の価値を求めるようになってきています。

その「価値」は、例えば最近だとDispoのような「翌日にならないと撮った写真を確認できないSNS」、Poparazziのような「友達が撮った写真が自分のプロフィールになるSNS」のような、全く新しい体験を提供するプロダクトにフォーカスされがちですが、
「ただただ美しいアプリ」「制作の過程にストーリーがあるアプリ」「作り手の思想に共感するアプリ」といった、アート的な側面をもったプロダクトが否定されることなく、新しいデザインや表現に、自由に挑戦する作り手がどんどん増えることで、"つまらなくなってしまった"モバイルアプリのデザインに、新たな価値が生まれていくのかもしれません。

・・・

参考リンク


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?