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仕事や学校は人生のほんの一部分

今日は朝から水汲みに次女と行きました。
我が家は市内のマンションで、水道からの水がちゃんと出る。
だけど、カルキの匂いが強くて、沸かしても美味しくない。
だから、車で10分弱の湧き水の出る場所に飲み水を汲みに行ってます。
もちろん、水を買うこともあるけど、家族が多いし水の大切さを
実感することもできるので、労力で賄ったりします。

今日は平日で学校の日だけど、水汲みには早起きしてついてくる娘たち。
今日は次女でした。
こういう学校前の時間があるのって、私はいいなと思う。
学校のために早起きではなく、自分の日常をより良くするための時間。
それを持つことって、どこか一つの自分に固執しないための
大切な行動の一つにもなるかな…と。

学生時代や就職したての頃、私の人生の中心は社会だった。
学校や仕事のために、私の時間の大半があった。
楽しみや息抜きも、結局は日々のストレス解消の一つでしかなく。
私の思考の大部分には毎日の勉強や仕事のことと、
それにまつわる人間関係があった。

そんな私に
『学校や仕事時間が人生のほんの一部でしかないこと』を
教えてくれた人たちがいる。

最初にそのことを感じさせてくれたのは中学の友達だった。
その子は、毎朝ミサに参加してから学校に来ていた。
その子にとって、学校と同じように教会に通うという習慣があり、
それを聞いた時に私はとても不思議な気持ちになった。
この子にとっての学校時間と自分にとっての学校時間の違い…
この子にとっての時の流れと自分にとっての時の流れの違い…
それが、物凄く大きな違いとして感じられて、とての不思議だった。

次に感じさせてくれたのは、元夫だった。
元夫にはあまり常識がない。だから、私の固執した考えに風穴を開ける。
辛いのになぜ、仕事に行くのか?
体調不良でも仕事を優先するのか?
人生の大切な場面があるのに、なぜ仕事優先なのか?
そんなことを問いかけてくれた最初の人だった。
就職2年目の私にとって『仕事と自分の時間』を明確に分けてくれた。
色んな時間を持っていて当然。
どちらも自分にとって大切にすべきもので、選べるのだと、
私は初めて自覚した。
就職した時に『職場での時間が私の人生の大半になるのか…』と
漠然とした不安を抱えて続けて答えを出せないでいた私に、
それは自分次第なのだと気づかせてくれた人だった。

その後は、家庭に入り、好きな家の仕事をしたり子育てをした。
それでも、私は子育て・母親という役割に固執していく。
『働く』ということから『家事・子育て』という名に変わっただけで、
結局『やらなければいけないこと』に飲み込まれていた。

『母親という役割』に飲み込まれていた私に
我慢するならやめてくれと伝えてくれたのは、
3人目の出産・長男の誕生だった。
彼は、私のお腹の中で大きくなれなかった。
家庭の中もギクシャクとしていて、上手く回っていなかった時期。
それでも、なんとかしたいと思って頑張っていた時期に
長男を妊娠した。
いっぱい我慢を抱えていた。
そんな私のお腹で大きくなれず、心臓に大きな穴を空けて
長男は生まれてきた。
誰のせいでもない…。そうだけど、そうじゃない。
私にはそう思えていた。
彼が伝えてくれたのは、私の持つ『負の我慢の代償』
そう私には思えてならなかった。

そして、同時期に『母親の我慢』について詳しく訴えている人がいた。
我慢を手放すべきだと、伝えているその人の言葉に私は従おうと思った。
そうしなければもっと子供に悪影響が出てしまうと感じて。
それからは、長かったけど親と自分、子供と自分、社会と自分、
色んなものから自分を分けて考え、自分自身がどういう人なのかを
見つめ直した。
それは、大人になった私にはとても難しいことだった。
本当は子供の頃から、自分というものを確立すべきことなのだけど、
それをし損ねて、ぼーっと従属してきた自分にとってはとても難しかった。

だけど、自分をきちんと分離して、自分を保つことは重要なこと。
どの時間も自分のものに出来るし
どの時間も害されないように守れるし
どんな気分のどんな状況のどんな時間をつくるかを
自分自身が主体的に決められるようになる。

どんな時間も人生のほんの一部になり、
そこにいる自分も周りにいる人のことも、
落ち着いて目を向けられるようになる。

そして、一番重要なことは、
自分を保てることで、他人のことも尊重できるようになる。
自分を保つ・守ることができれば
他人が守られることも害されることも分かるようになる。
みんなを守る必要はないけど、大切な人のことを尊重し
守れることは大切なことだと思う。





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