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【短編小説】幸福の勇気#6

以前、文学系投稿サイトで発表していた創作物を加筆修正して再掲しています。 以前投稿していたサイトからは削除してあり、現状この作品はnoteのみで発表しています。


前回

視点そして脳内螺旋

 雪原となり果てた寒村の空き地、そのど真ん中に石ころの如く生えている勇気の頭。
 最初のうちまたもぎょろぎょろを始めてみたのだがなにしろ見えるものが雪、というか白という単なる色としか認識されないような景色以外になにもなく、面白みも無ければ警戒する意味さえないのでやめてしまってただぼんやりとその白を眺めているうちに時間が経過、さきほど寒村に訪れた一瞬の春によって僅かに融けた勇気の肉体は雪に埋もれて言うまでも無く再冷凍されているし、雪上に突き出している頭部も木枯らしに嬲られてほぼほぼ氷になっていた。
 「あーあ」
といった諦念の呻き声しか口を突かずというか口を開けないので頭蓋内でくるくるまわり、無限ループで「あーあ」が続いているその時、シュバッ!シュバッ!っと地面すれすれを何者かが超高速超低空で勇気めがけて飛翔して来た。とはいえ凍え切った空気を切り裂く鋭いそのシュバッ!という音以外、人間が知覚できる現象は無く、残念なことに勇気は凍って耳の穴が塞がり鼓膜も使い物にならない有様だったので、彼自身は自分に向かって飛翔体が滑空してくることなど気付くことさえなかった。なので勇気にとってはまったくの不意打ちとなった。
 「ぶん!」
 勇気は大鴉の時と全く同様の奇声を発した。
 「ブギャフッ!」
 勇気は大鴉の時と全く同様にそう叫び、純白の雪上に血飛沫が撒かれた。
 雪上に生えた勇気の頭、その眼球のあった場所には二つの穴が開き、頭の向こうの景色が見えた。
 勇気の頭の向こう側には白樺が生えていて、その白樺には当然枝があった。
 が、やや不自然な枝が2本ある。
 白樺ってのはどっちかっていうと本来はしっかりした感じの幹にしっかりした感じの枝が生えていて美しく堂々としている樹木なのだがそのしっかりした枝から突然やけに細く長い、木枯し紋次郎が咥えているタイプの楊枝の如き枝が生えているように見えた。いやいやだがそれは楊枝ではなかった。
 楊枝の如くに細く長い2羽の細鴉であり、その嘴にはそれぞれ勇気の眼球を咥えていた。

 「またかよ」

 勇気はそう言いたかったのだが、凍って口が開かないのでその言葉は相変わらず頭蓋内で螺旋を描いた。とその言葉たちは頭蓋の端に僅かな隙間を見つけた。細鴉に抜かれた眼球のあった場所には穴が開いていて、その穴の縁あたりにごく小さな隙間があったのだ。螺旋を描く勢いで勇気の脳天に穴を開け、そこから下界に飛び出そうとしていた言葉たちは眼窩の隙間から抜ける方が手っ取り早いことに気付き、その小さな隙間に大軍で押し寄せた。だが無常無慈悲にその穴は閉じた。凍ったのである。仕方なくまた脳天貫通作業に戻った言葉たちは腰を抜かすと同時に絶望した。あれほど懸命に働き、螺旋を描き高速で錐揉み動作を繰り返してコツコツと穿って行った穴が完全に閉じていて、頭蓋は再凍結のために更に硬くなっていた。これはもう我々の根気とパワー程度ではとても歯が立たない。こうして脳天貫通戦略は失敗に終わり、言葉たちの描く螺旋はやがて失速しやがて勢力を弱め、台風が温帯低気圧に変化して消えるが如く霧散した。

 勇気の頭蓋内の宇宙ではそんなどうでも良い事案がまるでこの世の大事件みたいな規模で展開していたのだが、頭蓋の外はそれどころでは無くなりつつあった。
 勇気の眼前の雪が突如として噴水の如く噴き上がり、その視界は完全に塞がれた。「眼前」とか「視界」とかなんとなく流れで使っていると思われては癪に障るので不要とは思いつつ注釈を加えると、勇気の目というのは先程細鴉に抜かれてしまって今は白樺の幹から、雪に埋もれて頭部だけが生えている自分の肉体を含む寒村の雪原地帯を俯瞰しているわけなので、「眼前」「視界」というのはその抜かれて細鴉に咥えられて白樺の幹に移動した眼球を視点としている。
 行間とかシチュエーションからその程度の事は補完せよ。創造力を働かせよ。
 とにかくそういうことなので。

 要するに白樺の幹に突き刺さった楊枝のような細鴉が咥えている勇気の眼球の視界の中で、突然雪が噴き上がり人間の腕が生えた。その腕は白杖の一端を握り、先細る先端を真っ直ぐ天に向けていた。枯れ枝の様に細く皺だらけで青く血管が浮く醜い腕だった。

(…to be continued)

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