ケルヒャーをご存知だろうか

ケルヒャーをご存知だろうか。

ケルヒャーとは、ドイツの家電製品のメーカーで、スチームクリーナー(高圧洗浄機)が有名である。


僕がこのことをいつ知ったかと言うと3日前で、教えてくれたのはジャパネットたかた、だった。
夕方にぼんやりテレビを見ていたら、ジャパネットたかたの番組が始まり、相当強力に押されていたのがケルヒャーのスチームクリーナー。

要するに物凄い勢いでノズルの先から水が出て、面白いくらい汚れが落ちるという代物。
中には高温で除菌までしてくれるタイプもあるそうで、番組の中では、油まみれの台所のシンクや、バスタブの淵、さらには床のクレヨンの落書きがみるみる綺麗になっていく様が紹介されており、とにかく汚れが一斉に落ちるさまはある種のカタルシスがあって、見ていて気持ちが良かった。
極めつけは、焼肉屋の店内の汚れまで一斉に落ちていくレポートで、テレビの前の僕は、猛烈に欲しくなった。いいなあケルヒャー、と独り言まで発した。

2万円を切る価格帯だったし、本気でフリーダイヤル0120441222に電話してしまおうかと逡巡したが、僕の家は焼肉屋ではない。バスタブもシンクも、まあブラシで洗えば汚れは落ちる。全然汚れに困っているわけではないので、買うのは見送った。

けれど、ただ純粋に、そして強く思った。
ケルヒャー、やってみたい。


話は飛んで、僕は日本シナリオ作家協会というところに所属している。
そして協会の有志が、『シナリオ倶楽部』なる集まりを作っており、毎月一回、なんかしらのイベントをやるという。半年前に、僕はその運営委員を依頼された。
(依頼してくださったのは、脚本家の山口智之さんという方で、山口さんが脚本を担当されている『笑いのカイブツ』が年明け早々に全国公開される。主演は岡山天音氏、ヒロインが松本穂香さんと、僕としては一刻も早く見たい映画)

ところが、僕は忙しいを言い訳にして、半年間一度もシナリオ倶楽部に参加できず、完全なる幽霊部員状態だった。

ちょっとした後ろめたさ。
そんなところに、シナリオ作家協会の有する建物、シナリオ会館の年末大掃除をシナリオ倶楽部の有志でやると、そのお手伝い募集の連絡が回ってきた。


ちょうど予定も空いている。
シナリオ会館では、今年4月~9月にシナリオ講座の講師もさせていただいた。

これは参加せねばと、今日、大掃除に参加をしてきた。




ケルヒャーがあった。
何食わぬ顔で廊下に置かれていた。

テレビで見たのと、同じ、黄色いボディ。
ケルヒャー触れるやん、と独り言を言ってしまった。
なにかイメージを現実に引き寄せる力が僕にはあるのだろうか、だとしたらこの職業としては幸いな力なのだけど、それにしても何を引き寄せとんねん、とは、心の中で呟いた。


そしていざ使うケルヒャーは、それはそれは有能だった。


僕は屋上の掃除を仰せつかり、一年雨風でたまりにたまった汚れを、ケルヒャーを使って洗い落とした。
期待通りの水圧と、汚れの落ち具合。
かなりの水圧があるものだから、ノズルからわずかに跳ね返しのような振動が身体に来て、楽しくなってくる。まさに、数日前にテレビでイメージした通りのケルヒャー。


僕と一緒に屋上を担当したのは、木崎加奈子さん(『君の忘れ方』で脚本助手を務めてくれた)と、映画監督の和島香太郎さん(『梅切らぬバカ』など監督されています)。
和島さんも初ケルヒャーだったようで、独り占めは良くないだろうと数分やってから、やってみます?と伺ったら、ぜひ!と目を輝かせてケルヒャーを体験されていた。

うおーと仰っていて、そういえば僕も数分前に、同じ音程でうおーと言ったなと思い出した。
うおーと言ってしまうのは、きっとケルヒャーに触れる者が必ず通る通過点のようなものなのだろう。


さすがにこびり付きまくった汚れは手強く、そこはブラシを購入してきて、地味にこすった。
もう一人の屋上班、木崎加奈子さんというのは脚本においてもそうなのだが、手厳しい人で、「作道さんはブラシの持ち方がなっていない」「ケルヒャーで掃除をやったつもりになるのではなくて、ブラシでこする大変さを勉強するべきだ」などと言ってきた。
素直に僕も、ケルヒャーを手放し、ブラシで床をこすった。


シナリオ会館。人形町にある。



13時に始まり、途中休憩をはさみつつ、16時半まで掃除を行った。
和島さんは映画監督として先輩なので、ここぞと色々聞けたし、先輩脚本家方がケーキやお弁当を買い出して下さり、まったりお茶まで楽しんでから、夕暮れのシナリオ会館を出た。

少ない時間ではあったが、床に向き合い黙々と作業をした時間は、学生時代を思い出したのだけど、もう高校卒業から15年も経っていることに唖然ともした。
次は15年後にならないよう、できれば来年の掃除もしに行けたら良いな、と思った。

せっかくなら、ケルヒャーを使ってみたい脚本家の知り合いでも連れていけたらいいだろう。
来年も僕は、うおーと言うだろうし、その知り合いも、うおーと言うだろう。

帰る途中に高校生たちとすれ違い、そうか今日僕は、倶楽部活動をやってきたのかと、程よい疲れの中、甘酸っぱい気持ちになった。
コロッケを買い食いしてしまったのも、きっとそのせいだ。

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