見出し画像

『子育てはさせてもらっている 親にならせてもらっているのではないか』

ある義父の努力の話がある

再婚した相手には幼い男の子がいた
父親のように慕ってくれた
ある日友達に「僕の父さん」と言ってくれた

接し方はわからないながらも
その後授かった実の子よりもよいものを買い
喜ばせるために遊びにも連れていった

一方、学校では知的障害もあることで
いじめが頻繁にあった

思春期を迎えた頃
子どもが実の父でないという真実に気づいた
そして大きなショックを受けた
親には決して言えない大きなショックだった

気づいたであろうことは薄々わかっていた
それでも義父は義父なりにその子を兄弟のなかで優遇してきた

やがて窃盗や粗暴の問題が多発した
叱りつつも許すことを繰り返した
それでも問題は続いた

自分は精一杯のフォローをしているのに・・・
これ以上の問題行動を治すには治療や薬が必要ではないか

「息子さんは人生がいいものだと感じたことがないという気持ちを打ち明けてくれました」

そうカウンセラーから聞かされた時
幾分憤りを覚えた

寂しい思いをさせないようにしたはず
自分を憐れんで拗ねてるとしか思えなかった

カウンセラーが続けた

子どもは親が悲しむことを言えないもの
子どもは親がおもっている以上に親に遠慮している
一番悲しむことを言えないから
他の攻撃的な言葉を使って攻める

本当は
「本当の親じゃないって知って辛かった」
と言いたかったんです

義父はひるんだ

思春期に辛かった頃
「産んでくれって誰が頼んだ!?」
と親に対して言ったことのある人も多いのではないだろうか

親は親で育てていることに感謝してほしいと思うかもしれない
けれど産んだのは親の意思であるのだ

子育てはさせてもらっている
親にならせてもらっているのではないだろうか

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?