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日本の子どもは本を読んでいない?

先日、yahooニュースに出た朝日新聞の記事で、「学習到達度調査PISAでは、日本の15歳が学校で読む文章量は、参加国中最低ランクとされました」という説明がありました。えー、そんなデータあったっけなあ?と思い、PISA2018データをさわってみました。わりと長くなったので、細かい分析結果を読まなくてよい方は、最後の「まとめ」に飛んでいただければ、本記事のまとめとして、PISA2018データの結果と示唆を書いています。


PISAについて

PISAとは「Programme for International Student Assessment」の略称で、世界学力調査とも日本では呼ばれています。15歳を対象に3年に1度、2000年から行われており、経済協力開発機構(OECD)が実施していますが、現在ではその調査対象はOECD加盟国に限らず、広く世界中の国と地域が参加しています。

PISAのサイトはこちら → https://www.oecd.org/pisa/

学力調査は、読解力、数学的リテラシー、科学的リテラシーの3分野で、実施年によって、中心分野を設定して重点的に調査されています。またあわせて、生徒質問紙、学校質問紙による調査でさまざまな項目を尋ねています。2018年のPISAは読解力がその重点項目であり、それに関連して様々な質問もされました。読解力が重点項目のPISA調査結果としては最新のものになります。

2018年結果では日本の生徒が読解力で順位を落としたことがニュースになりました。これは出題された問題のなかにブログ形式のブラウザ画面のような写真から情報を読み取るという、一種のネット・リテラシーを問う問題が含まれるなど、デジタル・リテラシーが問われる出題傾向であり、日本の子どもはそれが弱かったためと分析されました。この結果を受けて、文部科学省は「GIGAスクール構想の実現」を掲げ、2019年12月に補正予算で学校に「一人一台端末」と「高速大容量の通信ネットワーク」を一体的に整備することの経費を取り付けました。

PISAの結果はサイト上でそのデータが公開されています。ただ、学力調査結果の生徒個々人の成績は、事後的にあり得る 5 つの値(Plausible Values; PVs)という技法を使って算出されています。これは、より正確な集団の推定値を得ようとする技法ですが、そのままでは分析には使えないため統計的に特別な処理をする必要があります(ただし今回は成績を扱わず、それ以外のデータで分析をするので問題はありません)。

日本の子どもはどれくらい学校で本を読んでいる?(OECD諸国の中での比較)

PISAの紹介が長くなってしまって申し訳ありませんでした。ここから確認をしていきたいのですが、、とりあえず先に伝えておきたいのは、「学校で読む文章量」という質問項目はPISAにはありませんでした。一番それに近いかな、と思われるのは、次の質問群です。

  • 「最近1ヶ月間、学校で読まなければならなかった本の頻度: 図や地図を含む文章」(During the last month, how often did you have to read for school: Texts that include diagrams or maps)

  • 「最近1ヶ月間、学校で読まなければならなかった本の頻度:フィクション(小説、ショート・ストーリーなど)」(During the last month, how often did you have to read for school: Fiction. e.g., novels, short stories)

  • 「最近1ヶ月間、学校で読まなければならなかった本の頻度:表やグラフを含む文章」(During the last month, how often did you have to read for school: Texts that include tables or graphs)

  • 「最近1ヶ月間、学校で読まなければならなかった本の頻度:リンクを含むデジタルテキスト」(During the last month, how often did you have to read for school: Digital texts including links)

なので、これらの質問項目についての調査結果を見てみることにします。

先に述べた通りPISAは世界中の国を対象にしていますが、とりあえず朝日新聞が言及していたOECD諸国に限って比較してみることにします。ちなみに全ての結果は、一元配置分散分析を行って、統計的に有意であることを確認しています。

先に大きな注意ですが、数字が小さいほど読んでいた、という結果になります。なぜなら質問の回答が「1 - 何回も」、「2 - 2,3回」、「3 - 1回」、「4 - まったく読んでいない」という、いわゆる逆転項目だからです。

まず、図や地図を含む本を学校で読んだ頻度の結果です。

学校で図や地図を含む本を学校で読んだ頻度

国名は左からアルファベット順に並んでいます。日本(Japan)は真ん中やや右寄りあたりにありますが、平均得点が2.45とまあまあ(繰り返しになりますが数字が小さいほど良い結果です)。ちなみに全体平均は2.44なのでほぼ全体平均ですね。順番で言うと37カ国中20位。良くはないですが、最低ランクと言うほどではない。

続いて、フィクション(小説やショート・ストーリー:日本で言えば「ショート・ショート」など)を学校で読む頻度。

フィクションを学校で読む頻度

日本は2.36。全体平均2.24なので、これは平均よりもやや高いですね。ただし順位は37カ国中27位と、低め。しかしまあ「最低ランク」とは言えないでしょう。

次は、表やグラフを含む本を学校で読む頻度。

表やグラフを含む本を学校で読む頻度

日本は2.46。全体平均2.35なので、これもあまりよくはないです。順位で見ると37カ国中23位。なんだか負け惜しみみたいになってきていますが、これも最低ランクでは決してないです。

最後に、リンクを含むデジタルテキストを学校で読んでいる頻度についての結果です。

リンクを含むデジタルテキストを学校で読んでいる頻度

これは一目瞭然で「OECD最低ランク」、ですね…。一応結果を細かく書くと、全体平均2.65のところ日本は3.2で、37カ国中36位のブービー賞。ちなみに最低はドイツという意外な結果です。ドイツ、2018年時点でデジタル教材を使った教育がぜんぜん普及してなかったんですね。また、これが、日本がPISA2018で読解力テストの成績結果を落とした理由の一つと言えそうです。

「学校で読む本」を尋ねるということの難しさ

ここまででわかったのは、日本の生徒は学校で読む頻度として、「リンクを含むデジタルテキスト」は朝日新聞の書くようにOECD最低ランクでした。しかしそれ以外の多様な本は、高いランクとは言えませんが少なくとも最低ランクではない。

ついでにここまでの4種類の本の種類すべての得点を合計して、全体で比較をしてみました。

学校で本を読む頻度(全種類合計)

まあ得点に意味があるかはわからないのですが、ひとまず計算結果で言えば、日本は10.87ポイント。全体平均が10.38なので、平均並みの得点と言えるでしょう。順位で言えば37カ国中25位でした。ちなみに1位はメキシコ、2位はアメリカです。最低はオランダです。

いずれにしても良い結果とは言えませんが、OECD最低ランクとは決して言えないのではないでしょうか。

しかし、高校の教科書には図とかグラフとか小説とかが、いっぱい載っていると思うのですが、なぜ日本はあまり良いとは言えない結果になっているのでしょうね。

考えられるのは、一部の生徒が「学校で読む本」=教科書「以外」と考えたためかも知れないなと。それなら読む頻度は少なくなってしまいます。逆にそれを入れて考えた国は、高めに出ているのでは、と。人によって、あるいは国によって解釈が異なる恐れがあるので、あまりよい質問の文章とは言えないでしょう。

あと日本の調査時期は2018年の6月から8月だったのですが、8月に調査をしていた学校では夏休みですから、「最近1ヶ月間」と聞いた場合に、それを読む頻度が落ちているのは仕方ないかも。

このように質問紙調査で何かを尋ねるというのは、意外と難しいものなのです。そんな話は筒井先生の『数字のセンスを磨く~データの読み方・活かし方』 (光文社新書)にいろいろと出ていますので、よかったら読んでみてください。


日本の子どもは余暇時間にどのくらい・どんな本を読んでいるか?

ついでに、OECD諸国の中での日本の15歳の余暇の読書傾向について、PISA2018結果からわかる別のデータも示したいと思います。

これは「普段、楽しむための読書にどのくらいの時間を費やしているか?」(About how much time do you usually spend reading for enjoyment?)という質問のOECD諸国の回答結果です。趣味の読書時間についての質問ですね。この回答の選択肢は「1 - 楽しむためには読まない」、「2 - 1日30分以下」、「3 - 1日31分以上60分以下」、「 4 - 1日1〜2時間程度」、「5 - 1日2時間以上」となっています。一応これを順序尺度とみなして、その平均値を国ごと見てみますと、次のような結果となりました。今度は、数字が大きいほど読んでいる、ということになります。

「普段、楽しむための読書にどのくらいの時間を費やしているか?」

日本は2.13ポイント。これはOECD平均とまったく一緒でした。順位で言えば37カ国中17位でした。ちなみに1位はギリシャで、2位はトルコ。最下位はまたしてもオランダ。オランダの15歳はなぜこれほど本を読んでないのでしょうね。

「普段、楽しむための読書にどのくらいの時間を費やしているか?」

今度は先程と同じ調査結果を、クロス集計表で分析し、グラフ化してみました。ここで注目したいのは一番左側の青いところです。読書の政策や研究では、まったく本を読まない人の率=「不読率」が注目されることが多いです。そして、できるだけ多くの人・子どもが本を読むようになるにはどうすればいいか、と考えるんですね。その不読率を示すのが、上記グラフでは一番左の青いところなわけで。

その不読率ですが、日本は45.4%。OECD平均が42.3%なので少しだけ高い割合です。順位で言えば25位と先程より少し下がります。つまり日本は読んでいる生徒は読書時間が長いが、読まない人の率がOECD平均よりも高く、結果としてOECD平均並みになっている、と言えそうです。

日本の15歳は、どのような種類の本を余暇の時間に読んでいるのでしょうか。PISA2018では、「次の種類の文章をどれくらい好き好んで読んでいるか?」(How often do you read these types of texts because you want to? )という質問で、①雑誌、②マンガ、③フィクション(小説等)、④ノンフィクション、⑤新聞、という種類について尋ねています。回答の仕方は「1 - 全然・またはほとんど読まない」、「2 - 年に数回」、「3 - 月1回程度」、「4 - 月数回程度」、「5 - 週に数回」の5段階です。

それらの結果について、同じくOECD諸国内で比較したものを、まとめて以下にグラフを示します。今度も数字が大きいほど読んでいる、という解釈ですね。

次の種類の文章をどれくらい好き好んで読んでいるか?①雑誌
次の種類の文章をどれくらい好き好んで読んでいるか?②マンガ
次の種類の文章をどれくらい好き好んで読んでいるか?③フィクション
次の種類の文章をどれくらい好き好んで読んでいるか?④ノンフィクション
次の種類の文章をどれくらい好き好んで読んでいるか?⑤新聞

細かい結果はもう記しませんが、概して他国に比べた日本の生徒の趣味での読書傾向として、雑誌、マンガ、フィクションはよく読んでいるが、ノンフィクションと新聞はあまり読まない、と言えそうです。しかもこれは他国に比べて顕著です。

これはけしからん!新聞やノンフィクションを読まないから日本の読解力テスト結果は順位を落としたのだ!と思わえるかも知れませんが、ちょっとまってください。実は、新聞やノンフィクションを読めば読解力が上がるという研究結果は、これまでに国内外で示されてきていません。むしろ、読解力を上げるのはフィクションの読書だとされてきています。詳しくはこちらの別記事を読んでみてください。

上記の記事でも触れていますが、なぜフィクションが読解力を上げるのかと言うと、はっきりは分かっていませんが、文章量ではないかとの推察がなされています。つまりフィクションは没頭して多くの文章を読みますから、それで読解力も上がるのではないか、と。いずれにしても読書時間の長さは読解力に有意に影響するというのは多くの研究結果で分かっているので、そういうことなのでしょう。

まとめ:日本の子供は読書好き!ではそれを阻むものは何‥?

ここまで分析したPISA2018データを元にした、日本の15歳の学校・余暇での読書状況について、ざっとまとめておきます。

  1. PISA2018には学校で最近1ヶ月間に読まされた本ついて、①図や地図を含む文章、②フィクション(小説、ショート・ストーリーなど) 、③表やグラフを含む文章、④リンクを含むデジタルテキスト、の4種類それぞれを尋ねている。

  2. 日本の学生は上記4種類のうち、「リンクを含むデジタルテキスト」はOECD最低ランクだった。しかしそれ以外の多様な本は、高いランクとは言えないものの、平均やそれよりやや下と言った具合であり、少なくとも最低ランクではない。

  3. したがって朝日新聞の言うように「日本の生徒が学校で本を読む時間はOECD最低ランク」とは言えない。ただ、そもそも尋ね方があまり良くないので、本当にこれで「学校での読書」をきちんと測定できているかがちょっと怪しい。

  4. 日本の生徒は趣味で本を読んでいる読書時間が長いが、読まない人の率がOECD平均よりも高く、結果としてOECD平均並みになっている、

  5. 日本の生徒の趣味での読書傾向として、雑誌、マンガ、フィクションはよく読んでいるが、ノンフィクションと新聞はあまり読まない。

といったところでしょうか。

最後になりますが、PISA2018では生徒たちに読書がどれくらい好きか、というのを、「読書は私の好きな趣味の一つだ、という意見にどれくらい賛成か?」(How much do you agree or disagree? Reading is one of my favourite hobbies.)と尋ねています。この結果は次の通り。

「読書は私の好きな趣味の一つだ、という意見にどれくらい賛成か?」

日本の生徒は結構高い割合で読書を好きと答えています(2.41ポイント)。37カ国中なんと第4位です。いま世界では「愉しみの読書」こそが子どもの読書量を増やし、読解力を伸ばすとされ、注目されています。日本の生徒たちはもうすでに読書の愉しみを知っているのです。だとすれば、それが読書時間の長さと、読解力につながらないのはなぜなのか。そうした視点からの研究分析が今後必要だと言えるでしょう。


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