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「The One」 と 「All That Is」

スピリチュアルのメッセンジャーとしておそらく世界でトップレベルに有名なのがバシャールですが、彼の情報の中で最も難解な概念の1つといっても良いのが、「The One」と「All That Is」についてでしょう。

この2つはすべての根源であり、根源である以上は説明不可能なものだからです。

そのため、バシャールでさえこれらを説明するのにはある種の困難さを感じているように見えますが、今回はバシャールの関連の本から読み取ったことをまとめてみたいと思います。


2016年に出版された『その名は、バシャール』から。

スピリチュアル系ブログで有名な「さとうみつろう」さんとバシャールの対話形式になっていて読みやすいです。

すべては「The One」のひとつの側面です。
その側面のひとつとして、「All That Is(すべてなるもの)」があります。
「All That Is(すべてなるもの)」は、自分自身を知っています。

『その名は、バシャール』236頁

基本的な情報として、「The One」と「All That Is」には違いがあります。

それは「All That Is」は自己自身を知っていますが、「The One」は自分自身を知らないという違いです。

「知る」ということが成立するには「知るもの」と「知られるもの」が必要になりますが、そのためには「知るもの」と「知られるもの」との分離が必然です。

「All That Is」は「The One」の自己意識がある側面として自分自身を認識することができますが、その時点で分離を経験しています。

しかし「The One」は分離が全くない存在なので、ここでは「知る」ということがありません。

「The One」は文字通りひとつであり観察対象が存在しないので、自己認識はありえず、自己ということすらもありえません。

したがって2つのうちのどちらがより根源的かとあえて問われるなら、おそらく「The One」がそれであるでしょう。

これに対して「All That Is」は究極の自己認識の形態、最も大きな「私」です。

私もこれを読んでいるあなたも、動物や植物、星や無生物に至るまでありとあらゆる存在者は元を辿れば「All That Is」に行き着き、これらはすべて「All That Is」の分身です。

それは物理次元の「私」が複数重なったハイヤーマインドのさらにハイヤーマインド、そしてさらにハイヤーマインド、、、というように「All That Is」にまで拡大されます。

ですから「All That Is」はすべての存在者そのものであり、したがって同時に無限の可能性を体験するものであり、だからこそ「すべてを知るもの」です。

そのため私たちにとっては、「All That Is」には「神」という言葉がふさわしいと言われています。

そしてバシャールとみつろうさんの会話が興味深いので、少し長いですが引用させてください。

みつろう:
でもこの「すべてを知っている」ということは、結局、何も知らないことになるよね。
「答え」と「疑問」は打ち消し合って0になるから。
BASHAR:
はい、そうです。その通りです。
みつろう:
数字で言えばわかりやすいね。
僕が1、2、3という数字しか知らなかったら、僕は1+2+3=6という状態。
でも、1、2、3と同時に、マイナス1、マイナス2、マイナス3という数字を持っていたなら無になる。
BASHAR:
ゼロです。「無」と「ゼロ」は違います。
みつろう:
そして、「すべてを持っている状態」とは、プラスにあるすべての数も、マイナスにあるすべての数も持っている訳だから、結局「すべてがあるもの」にはすべてがない
BASHAR:
そうです。なぜなら、それが自分自身を知らないという「The One」をつくるからです。
これは、ループなのです。「The One」は、言ってみれば、すべてを知っていて、同時に何も知らない「大いなるすべて」とも言えます。一方で、何も知らない「大いなるすべて」、つまり「The One」はゼロをつくり、ゼロは何も知らない「The One」をつくり、「The One」は、すべてを知っている「大いなるすべて」をつくるのです。

『その名は、バシャール』237-238頁

この対話の流れはスムーズで、みつろうさんもバシャールもお互いの言っていることを了解し合って進んでいるように見受けられますが、正直私にはここは難解でした。

みつろうさんが指摘するのは、「すべてを知っている」ということは「何も知らない」ことと同じであるということです。

その根拠は、「答え」と「疑問」は打ち消し合って0になるから、というものです。

これはおそらく、「問う」ということが成立する際には、この「問う」という営みの波動に対応する「答え」が同時に成立しているということでしょう。

何かの営みが成立する、言い換えれば波動が生じるためには、それに応じてぶつかり合う対象が必然であるからです。

ここで「打ち消しあって0になる」と言われているのは、「問い」としての波動が「答え」というその問いに対応する波動によって中和されて解消される、というほどの意味ではないかと思われます。

その後の数字を用いた表現も、このようなことを言いたいのだと思います。

ではなぜ「問い」と「答え」の結果がゼロなのか。

何かを問うて答えを得たなら、それはゼロではないと考えるのが普通の感覚でしょう。

おそらく、ここで結局ゼロになると言われているのは、根源たる「The One」にゼロという性格があるからです。

「All That Is」がひとつの分離体としてすべての可能性を体験するものだとすれば、「The One」はただそのすべての可能性であるものです。

すべての可能性はすべてを含む領域(ポテンシャル)として存在していますが、これはやはり可能性であって、ある意味での現実性ではないものです。

いわばすべての可能性とは、観察者(All That Is)を介して初めて経験されるもののすべてです。

これについては、観測をすることで、このポテンシャルが経験に結晶化する、と言われています。

しかし、観測を経て可能性が結晶化されると言えども、無限な可能性自体は観察する以前からすでに存在しています

(この「以前」ということは説明上の言葉であって、本来は「前」も「後」もないとバシャールは注意を促しています)

「The One」は「体験」ということがありえないものですが、その側面である「All That Is」が体験しうるすべてを内包したものですから、分離を経て何かを「知る」「知らない」以前に、すべてはすでに存在していると言うことができます。

ですから何かを「問う」ということは、すでに存在している「答え」を目指すということであり、さらに言えばその問い自体がすでに存在しているものです。

したがって問うて答えるという営みは、何か新しいものを存在させるのではなく、すでに存在するものを思い出すという営みに他なりません。

結局はゼロになると表現されているのは、おそらくこのような意味においてでしょう。

バシャールが「無」と「ゼロ」は違うということを注意しているのは、ゼロは無ではなく存在しているものだということだと思われます。

そして「The One」は自分自身を知りません。

「The One」は端的な存在であるために、これまでの言い方ではゼロとして存在しているものです。

しかしそれはゼロを自分の反対象とする「All That Is」によって初めてなされる認識です。

ゼロはすべての数字の中で唯一マイナスというものを持たないため、ゼロ(The One)を全体として認識するためにはゼロ以外ではないもの、すなわちすべて(All That Is)が必要になるでしょう。

このことが、自分自身を知らないという「The One」をつくり、それがループになっているとバシャールが言っている意味ではないかと思います。

「The One」は、すべてを知っていて、同時に何も知らない「All That Is」であり、

一方で、何も知らない「All That Is」、つまり「The One」はゼロをつくり、

ゼロは何も知らない「The One」をつくり、「The One」は、すべてを知っている「All That Is」をつくる。

「すべてを知っている」と「何も知らない」のすべてとゼロの循環関係が、「All That Is」と「The One」の関係に当てはまるようです。

ここまで少し哲学的な説明ばかりになってしまいましたが、バシャールはわかりやすい比喩をあげてくれています。

「The One」を例えるのに、とても良い例えがあります。
「大いなるすべて(All That Is)」が中央制御室でいろいろなスクリーンを見ている、いろいろなパラレル・リアリティを経験しているという例えで行くと、モニターのスイッチを全部消して、電気も消して寝に行く。すると、それが「The One」です。

『その名は、バシャール』254頁

中央制御室と言われていますが、これはみつろうさんが映画マトリックスのモニタールームのシーンをあげて説明しようとしているためです。

バシャールは、意識は「今を認識できている」ということ、今のこの瞬間に、自分に気がついている状態のことだと言っています。

ただ在るとしか言えない「The One」には「自分」という意識はありません。

「The One」の観測が始まる前はただ存在している「ひとつなるもの」だけですが、分離が生じると観測者「All That Is」が出現します。

「All That Is」はすべてを同時に観測している自己意識の究極ですが、もし観測をやめて寝に行く、つまり意識を失うとするならそれが「The One」だというわけです。


ここまで、私なりに『その名は、バシャール』に書いてある「The One」についての情報をまとめてみました。

確かに例えは直感的にわかりやすいものの、今回の説明の中でもまだまだ不明なことがたくさんあります(例えば「The One」とゼロはどういう関係なのか、「無」とは何なのか等)。

そもそも私の解釈がどの程度正確なものであるのかもわかりません。

ぜひ皆さんと見識を交換させていただきたいので、指摘でも新たな情報でもお気軽にコメントしていただければ嬉しいです。

お読みいただき、ありがとうございました🌸

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