短編小説「檸檬」(米津玄師 Lemon )

🍋 この小説を読んだあと、Lemonを聴いてください🍋


私には素敵な恋人がいる。
私は今まで友達も殆ど居らず、たまたま混み合った喫茶店で相席になった貴女と意気投合し、交際することになった。

本の趣味や紅茶の嗜好が似ていた。2人でいつもの喫茶店に赴いても、読書を始めると2人は互いの世界に没頭した。元の世界に戻った後、本の感想を語り合うことが幸せだった。
お互い、家族と仲が良くないことが共通点だった。だからいつも貴女は私の家に入り浸った。煙草の臭いが嫌いな貴女のために、禁煙にも成功した。

信頼できる人などいなかった私にとって貴女は非常に特別な存在であり、自分の中に溜めていた辛い過去や苦しい思いも、貴女にならはじめて打ちあけられると思っていた。

だが、付き合って2年ほど経ったある日、貴女からの連絡が突然途絶えた。特に喧嘩などをしていたわけでもなく、兆候のない音信不通をおかしく思った私は警察に捜索願を出した。
そしてその後、警察から思わぬ言葉を受け取るのだった。

「彼女は、恋人と共に自殺をして亡くなりました」


言葉を失うとは、こういうことを言うのかと痛感した。理解ができなかった。

貴女が亡くなったこと、そして恋人が私ではなかったこと。私が浮気相手だったのか、相手と浮気していたのか分からないが、貴女は亡くなってしまった。真相も確かめようがなく、私はただ1人取り残されただけだった。


私が人生ではじめて愛した貴女は、
私にやさしい嘘をついていたのだろうか。
貴女はその横顔で、
私ではない誰かを想っていたのだろうか。
いや、貴女はどこかで私に助けを求めていたのではないか。

そう思っても手遅れで、私は再び孤独の世界に戻って貴女を想い続けるのだ。


これは単なる私の都合のいい解釈かもしれないが、貴女は死ぬ間際に私のことを走馬灯のように思い出したのではないだろうか。
私を1人取り残してこの世を去ることに、不甲斐なく、申し訳なく感じていたかもしれない。
だが、それならば私のことなど記憶の底から抹消して忘れて欲しい。

本当は好きだったとか、仕方なく死んでしまったとか、貴女の後悔を知ってしまえば私も一生後悔するだろうから。

「貴方のことなんて最初から好きじゃありませんでした」くらいの冷たい言葉を浴びせられた方が受け止めることができるのだ。



貴女と出逢って「このレモン、ちょっぴり苦いですね」と笑い合ったあの日から、あの喫茶店にも、紅茶に檸檬を入れることも、できなくなってしまった私なのだった。


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