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不健全なわたしたち

この数ヶ月、犬に懐かれている気がしていたが、実は懐いていたのはわたしだったのだと思う。犬はいつも暖かくてかわいい、時に憎たらしいが3秒でまあいいかと思える快活さがある。

わたしは犬の頭に手を潜らせるのが好きだ。男の子のことを犬と呼ぶのは失礼かもしれないが、彼はわたしが犬と思っていることを「悪くないや」と言うので、わたしたちの関係は不健全だがこれでいい。

犬はとにかくかわいい。目を合わせると自分からそらせなくて怒りだすのも、調子に乗りやすいところも、お酒をぐいぐいと飲むところさえも好ましい。

犬はいい匂いがする。わたしたちはたまにはぐをして、頭を撫でたり、撫でられたりする。犬は時にわたしの髪をさらい、長ったらしい痛んだ髪の毛に、いいなあさらさらで、と指を通す。

暫定さんはいい匂いだね、とも言う。ねむくなると甘えたようにわたしの首に顔をうずめてくる。

わたしは人に甘えるのが苦手だが犬には抵抗なく甘えられる。犬は酔うと優しくなってわたしを猫のように扱うので、色恋独特の気恥ずかしさとかいうものがなく甘えることができた。

当然わたしたちは付き合ってないし、犬もわたしも恋人がいないので、不健全な(と言ってもキスもそれ以上のこともしていないが)関係に甘んじていた。

犬のことを好きなのか、と聞かれると困る。わたしたちは多分恋人になりたいわけではない。わかることはただひとつ、わたしは犬を大層かわいがっていたということだけだ。

犬とは先日離れることになった。

犬もさみしいと言う。たまには遊びに行こうねと言う。実現するかはわからない。わたしたちは同じ場所にいたということ以外驚くほど正反対で、重なるところがおよそひとつもなかった。

犬は1人の人間に執着しない。だからわたしは安心して犬をかわいがることができたのだ。

長い人生で、犬のような男の子に会えたことを嬉しく思う。わたしにとって、彼のような男の子は初めてだった。賢くて憎たらしくて優しい犬、これからもどこにいても、きっと楽しくそしてうまく世間を渡っていくだろう。

その様を想像するだけで、すこし楽しく生きてゆける。かわいいわたしの犬、わたしが懐いていた犬。

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