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「未知の密玉」(創作物語)

「未知の蜜玉」

 ボクは塾の帰り道、ちょっと遠回りをして、この公園を通り抜ける。
夏休み中は、だいたい夕方6時頃にこの公園に着く。
もう遊んでいる子は、誰もいない。
その方がボクには都合がいい。
誰かが忘れたおもちゃが落ちていて、それで遊ぶときもあるし、ブランコを思いっきりこぐときもある。

 今日はサッカーボールが落ちていた。
「ラッキー!」
サッカーチームに所属していたけど、中学受験だから、この春でやめた。
久しぶりのサッカーボール。
しばらく足ならしをしてから、ゴールキック!
思いっきり蹴った。

 ボールが、花壇の中に入ってしまった。
花をかき分けボールを拾おうとしたとき、
「痛いじゃないか!花壇にボールを投げたのは、お前か!」
と声がする。
辺りを見回しても誰もいない。
「ボク、勉強のしすぎで変になったかな?投げたんじゃなくて、蹴ったんだし・・・」
ブツブツ言っていると、
「投げようが蹴ろうが、花壇にボールを入れるな!」
と再び声がした。

 ボクは怖くなって花壇から離れて、もう1度辺りを見回したけど、1匹のミツバチが花壇から飛び出してきただけ。
 まあいいや、帰ろう。
「ちょっと、待って!」
「エッ?ミツバチがしゃべった?何で話せるんだ?」
「それはオレが特別なミツバチだからさ。それから、オレにはミチという名前がある」
「ミツバチだからミチね。単純だね!」
「そう考えるお前の方が、単純だな。未だ知らぬ、という未知だよ」
「ぼくは、輝く未来に大きく育つという意味で、大輝(ひろき)だ」
自分の名前を、こんな自慢げに言ったのは初めてだ。
「今の大輝は、全然輝いて見えないな」
「それは・・・きっと受験勉強で疲れているせいさ」

 そのとき、ボクの携帯が鳴った。
「お母さん、・・そう公園、・・今帰るよ」
「こうやってボクが今いる場所もお母さんには分かる。安心だからね。でも、いつもいつもじゃたまらないね。監視されてるみたいで。じゃあ未知、また」
ミツバチに手を振っている自分が、ちょっと不思議だった。


 次の朝、お母さんに頼まれてベランダにあるハーブを採りにきたら、未知が飛んでいた。
「未知、どうして、ここが分かったんだ?」
「オレも携帯で大輝が今どこにいるか分かるのさ!」
「やめろよ、お前にまで監視されたくない」
「今のは冗談だよ。昨日追いかけてきたんだ」
 そのとき、
「大輝、早くハーブ持ってきて」
とお母さんが呼ぶ声がした。
また、と手を振ってボクは台所へ急いだ。


 お母さんが仕事へ出かけてから、再びベランダへ行ってみた。
未知は?・・・いない・・・。
「ボクは昨日から夢でも見ていたのか?よく考えると、しゃべれるミツバチなんて、ありえないよな」
ボクは独り言が多い。

「何がありえないって?オレが特別だってこと、見せてあげるよ」
そう言うと、未知は口の先から小さな黄色い玉を出した。
米粒ぐらいの大きさだった。
「この玉は、オレの体の中で熟成された濃厚な蜜だ。その蜜玉(みつだま)をなめ終わるまでに、大輝の望みを声に出して言うんだ。望みの持続期間は3日間」
 ボクは半信半疑だったけど、蜜玉を口に入れて
「自分の好きなことだけして暮らしたい!」
とハッキリと声に出して言った。
「こんなんで本当に叶うのか?」
そう言ったときには、未知の姿は消えていた。


 妹は今週、自然教室でいないから、ボク一人で自由だぞ~!
とりあえず、お母さんから頼まれていた皿洗いはやめよう。
塾も休んで、それから・・・ボクは1番やりたかったことを思い出した。

 貯金箱のお金を全部持って、本屋へ向かった。
ずっと読みたかった漫画の完結編が発売されたばかりのはず。
まだ読んでいないのを全部買って、読みあさるぞ。

 最初にこの漫画を教えてくれたのは、幼なじみの翔だった。
よく遊んでいた頃は、翔から借りて読んでいたけど、6年生になってからは、ほとんど遊んでいない。
翔は遊びに誘ってくれたけど、ボクがいつも塾があるから断って、そのうち誘われなくなった。
翔は完結編をもう読んだかな?まだなら貸してあげよう。


 ボクは時間を忘れて漫画を読みあさった。
お母さんが帰ってきたことにも、気付かないまま。
「大輝、夕ご飯よ~」
お母さんが呼んでいる。
もうそんな時間!?
ボクは、おそるおそる台所へ行った。
「随分、夢中になって漫画読んでたわね。あれ面白いって、バイトの子が言ってたわ。今度お母さんにも貸してね」
お母さんは、漫画のことも塾のことも皿洗いのことも怒らない。
これが蜜玉の力なんだ。


 夕飯後、ボクは翔に電話した。
「翔、久しぶり!・・・あの完結編、読んだ?・・・まだ?なら明日遊ぶ?・・・読ませてあげるよ」


 次の日も、お母さんは何も言わず仕事へ行った。
ボクは昨日買った完結編を持って、翔の家へ遊びに行った。
 翔と遊ぶのは5ヶ月ぶり。
学校の休み時間も受験組と公立組で別れるようになって、ほとんど遊ばなくなっていた。 

 最初は、ちょっと照れくさかったけど、漫画の話で盛り上がって、すぐに前と同じ友だちって感じになった。


 次の日は、翔とサッカーをして遊んだ。
一人でサッカーボールを蹴るより、断然楽しい。
「明日も遊べる?」
翔が聞いてきた。
「もちろん」と答えた直後、蜜玉の効果が3日目の今日で切れることを思い出した。
「あ、ごめん。明日は用があるんだ。また連絡するよ」
そう言って、ボクは翔と別れた。


 ボクが自分の部屋に戻ると、未知がいた。
「どうだ、オレが特別なミツバチだって分かったろう。この3日間は、どうだった?」
「すごく楽しかったよ。でも明日から、また元の生活に戻っちゃうんだよね」
「もう1粒、蜜玉をあげてもいいぞ。ただし、同じ望みはダメだ」
ボクは、しばらく考えた。
「他の望みなんて思いつかないよ」
「それなら、オレがいいところへ連れていってやるよ。オレも覚悟を決めたからな」
そう言うと、未知は3日前と同じように口から蜜玉を出した。
未知はボクをどこに連れていくつもりだろう・・・少し不安だったけど、蜜玉をなめ始めた。
蜜玉が舌の上で溶けはじめてすぐに、ボクは、すごい眠気におそわれた。


ドッ、ドッ、ドッ・・・・
「ここは?ボク、どこに来ちゃったんだ?真っ暗で何も見えないや」
ドッ、ドッ、ドッ・・・・・
「ちょっと狭苦しい感じがするな。ウーン、伸びをすると気持ちいいや」

『あっ、イタッ!』
『美穂、大丈夫か?』
『裕太郎、ここ、お腹の脇さわってみて』
『あ~、ボコって出っ張ってる!』
『これ、きっと赤ちゃんが脚を伸ばしてるのよ』
『ヘェ~、元気な子だ。おーい、お父さんでつゅよ~。聞こえるかーい?』
『赤ちゃん、私が、お母さんでつゅよ~』

「美穂と裕太郎って、ボクのお母さんとお父さんと同じ名前だ」

『赤ちゃん、元気に生まれてきてね。お母さんも頑張るからね~。裕太郎も、こうやってお腹さすって。きっと赤ちゃん、気持ちよくなって、ぐっすり眠るだろうから』
『おー、まんまるい大きいお腹になったな~。おい暴れん坊、お母さんが痛がるから、あんまりお腹の中から蹴るなよ!』
『裕太郎、”暴れん坊”なんて言わないで。暴れん坊でないかもしれないし、女の子かもしれないんだから。親が子供のことを決めつけちゃダメって、母親学級で保健所の人が言ってたでしょう』
『ああ、沐浴の練習に行ったときか。あの人形の赤ちゃん、重かったな』
『そうだね。あれが生後の赤ちゃんと同じくらいの重さなんでしょう。私、ちゃんと沐浴してあげられるか心配だな・・・』
『心配するな。オレも出来るだけ手伝うから』
『優しいお父さんで、よかったでつゅね~。赤ちゃん!』

『男と女、どっちかな?』
『どっちだろうね~。先生に知りたいですか?って聞かれたんだけど、私、生まれたときの楽しみにしようって思ったんだ』
『名前は一応考えておかないとな・・・』
『もう考えてあるよ。女の子だったら、千に笑う子って書いて、チエコ。笑顔が素敵な子になりそうでしょう。男の子だったら、輝く未来に大きく育つ、大きいに輝くって書いて、ヒロキ。ヒロキって読むと、輝く未来の道を開いていくって意味も含んでいそうでしょう』
『結構、真面目に考えてたんだな』
『勿論よ。名前は一生ものだもん。ほら、図書館で借りて、ちゃんと姓名判断の本で画数とかも調べてるんだから~』
『オレにも見せて』

「大きいに輝くって書いてヒロキってことは、ボクのことだよね・・・ってことは、ここは、お母さんのお腹の中!?未知、『いいところへ連れていってやるよ』って言って、こんな真っ暗闇に来ちゃったなと思ったら・・・ボク、これから生まれるのか~?」


「あ~、よく寝た。お腹の中って、なんだか、すぐに眠くなっちゃうんだな・・・あっ、お父さんがギター弾きながら歌ってる」

『お腹の中で、オレのギター聞いてるかな?』
『きっと聞いてるよ。お腹の中にいても、お父さんとお母さんの気持ちが伝わるって、母親学級で言ってたよ。だから私、毎日お腹さすりながら、いろんな事、赤ちゃんに話しかけてきたんだ。歌も歌ってあげたしね!』

「お母さん、今でも台所でよく歌ってるもんな~。アレレレレ・・・なんだか頭が下になって、落ちていく感じがする」

『あっ、イッタ~イ』
『美穂、どうした?』
『生まれる・・かも・・・あっ、イタ~』
『予定より2週間、早いぞ・・どっどうしよう・・』

オギャー!
「フーッ、苦しかった。あっ、まぶしいや」
辺りを見回した。
ボクの部屋だ・・・ってことは・・・両手、両足・・・、12歳のボクだ。


 未知は、何のためにボクをお母さんのお腹の中に連れていったんだ?
お母さんとお父さん、ボクがお腹の中で、どんな赤ちゃんか分からないのに、すっごく可愛がって大切にしてくれてたな。


 そのとき、お母さんが、ボクの部屋へ来た。
「大輝、お母さん近くのコンビニでマヨネーズ買ってくるから、夕飯、もう少し待って。ベランダからパセリ採ってきといて」
そう言って、出ていこうとした。、
「お母さん、ボク中学受験、全部落ちたらどうしよう・・・」
「そしたら公立中学へ行けばいいでしょ」
「それでいいの?怒らない?」
「何で怒るの?とにかく大輝が受験しようって決めたんだから、精一杯やりなさい。一生懸命やって失敗したら、そのとき考えればいいでしょ」
そう言って、お母さんはニコッと笑った。

 お母さんの言葉を聞いて、ボクはホッとした。
ううん、前からお母さんは、同じことを言っていたと思う。
『一生懸命やれば、結果失敗しても悔いは残らないでしょ』とか、
『精一杯やってきなさい』とか、
『人生には色々な選択肢があるのよ』とか・・・・。
お母さんにそう言われても、ボクは、
『優秀な子の方が、親は喜ぶだろうな』とか、
『失敗なんてしない方がいいんだよな』とか、
『精一杯やったって、結果が悪かったら、精一杯やったって思われないんだ』とか・・・思ってた。

 でも今は・・、ボクはボクの出来ることを一生懸命やればいいんだって、心から思える。
お母さんが言ってくれたこと、素直に受け止められる。
 お母さんからパセリを採ってきてって言われたことを思い出して、ベランダへ行った。
 パセリの茎を何本か折ったら、プランターの土の上にミツバチの死骸があるのを見つけた。
「未知!未知なのか?もしかして、あの覚悟を決めたって言葉・・・。あれは、こういうことだったのか?ぼくに蜜玉をもう1粒くれる代わりに、お前が死ぬってことだったのか・・・」
 ボクは、ベランダの隅から空いている小さな植木鉢を持ってきて土を入れ、そこに未知の死骸をそっと置いた。
 「未知、ボクはお前と会ったことを決して忘れないよ」
 ボクは未知の死骸の上に、そっと土をかけてやった。



「あとがき」

 母親の私が、わが子を励まそうと思って言った言葉も、子どもは、期待されてるって受け止めてしまうこともあるようです。
 小学校上級生になった頃から、子どもたちは親が近くにいることをうっとうしく感じたり、自分一人の時間や親に秘密のことを多く持ちたくなったりするのかなって、わが子たちを見て思いました。
 でも、親がいなければ、一人で生きていくことはできないし、一人では寂しいし・・・と思うから、親の言うことにも従わなきゃいけないし・・・そういうことも、わが子たちは考えているように感じました。

 「未知の蜜玉」は、10歳過ぎた頃の子どもって、こんな感じ、って私が思ったことと、母親の私は、子どもがお腹の中に授かったときから、ずっと変わらず、わが子のことを大切に思っているってことを、物語にしました。

 私が思う『親の基本の気持ち』って、『あなたは私に授かった子だから、どんなときも、あなたを大切に思っていますよ』ってことです。
 親と子という強いつながりの関係で出会った、この出会いを大切にしますよってことかな・・・・。
 でも、「大切にする」と「甘やかす」の違いを、しっかり心に留めなければ、と思ってきました。
 我が子を「甘やかす」ということは、あるときは、親子が共依存の関係になることもあると思うから。
 また、あるときは、親が子を支配したり、子が成長すると、親が子に支配される関係になることもあると思うから。

もちろん親子の関係でも、他人同士の関係でも、ある程度の依存が出来る仲、いい塩梅の仲になれればいいなって思います。
いい塩梅に協力しあえる関係。
「協力」は複数の小さな力を+(プラス)にして、一つの大きな力になること。一人一人が自分のできる小さな力でもいいから発揮して、一つの大きな力になることだと思うんです。

 「親が子を大切に育てる」という、その過程には、「親と子が切磋琢磨して共に成長する」という意味も含まれている、と我が子たちが成人した今、改めて感じています。
同時に、子どもが成人して大人になっても、私は母親としての威厳のようなものを保つ為に…自立した自分でいる為に…
母親とは何だろう…などなど
未だに色々悩みながら、母親としての自分自身と折に触れて真剣に向き合っています…。


なんだかまとまりのない"あとがき"になってしまいました…。一部修正しました。2023.6.24

©作良子

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