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兄の事業を引き継ぐ孫権

後漢末期、群雄割拠の混乱した時代背景の中で、孫策は父の遺志を継ぎ、若くして江東の地に勢力を築き上げました。孫策は、父・孫堅が建てた基盤を受け継ぎ、また、弟の孫権と共に、この地での自身の地位を不動のものにしようと努めました。しかし、孫策は200年(一説には199年)に志半ばで暗殺され、その急逝は江東の勢力に大きな衝撃を与えました。この時、孫権が後を継ぐことになりますが、その経緯とその後の展開は、三国志の中でも特に興味深いエピソードの一つです。

孫策が亡くなった後、弟の孫権はわずか19歳(一説には18歳)でその跡を継ぎました。初めてこの重責を担った孫権は、兄が築き上げた勢力を守り抜くため、そして更に拡大するため、多くの試練に直面します。孫権が若く経験も浅いことから、周囲からの期待は一様ではありませんでしたが、彼は孫策に仕えた優秀な部下たち、周瑜、張昭、魯粛、程普などの支援を得ることができました。これらの人物たちは孫策時代からの重臣であり、孫権の若き統治者としての地位を確固たるものにするため、政治・軍事の両面で大きな支えとなりました。

孫権の治下で、呉は経済的・軍事的にも大いに発展を遂げます。特に、赤壁の戦いでの勝利は、孫権の下での最大の転機となりました。この戦いで、孫権と劉備の連合軍は、曹操の北方勢力に大勝し、三国鼎立の基盤を固めることに成功します。赤壁の戦いの勝利によって、孫権の政権は、江南地域での絶対的な支配力を確立し、後に三国志の時代を象徴する三つの勢力の一角を占めることになります。

孫権の統治は、内政においても大きな成果を挙げました。彼は文化・経済の発展にも力を入れ、江東の地を豊かな地域に変貌させます。さらに、孫権は法治主義に基づく政治を行い、自身の統治下での秩序と繁栄を追求しました。

しかし、孫権の時代も挑戦の連続でした。北方の曹魏、西方の蜀漢との関係は常に緊張し、戦争と和平が繰り返されました。孫権はこれらの外敵に対して巧みに対処し、呉の独立と発展を確保しました。彼の死後、呉は一時的な衰退を見せますが、孫権の統治は後世においても高く評価されています。

孫策から孫権へのバトンタッチは、後漢末期の混沌とした時代背景の中で、一族の存続と発展を見事に達成した事例として、三国志の記録において重要な位置を占めています。孫権の下で、孫家は江東における不動の地位を確立し、三国鼎立の時代を築き上げたのです。

#三国志勉強ノート  No.114

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