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【vol.14】車椅子ユーザーの息子の自立を願って─ 伊藤和香子さん 「凹凸があってあたりまえ、地元の学校で一緒に育つ義務教育を」

2歳後半で車椅子ユーザーとなった息子さんを、健常児と垣根なく就学できるよう尽力した伊藤和香子さんが主人公。特別支援学校に通うのが一般的だった車椅子ユーザーの息子さんを普通級に入学させるため、陳情書を提出し障害児の就学について問題提起した伊藤さん。「『どうして分けようとするのか…特別支援学校・特別支援学級ではなく普通級でもいいのではないか!?』というムーブメントが起きてほしい」と語るその思いに迫ります。


 都内進学校に通う中学生の息子さんが幼稚園児(年中)だった約10年前、就学への壁が立ちはだかった。車椅子を必要とする児童は肢体不自由特別支援学校に誘導されるのが一般的だからだ。

「私たちの住む地域には、わざわざ近隣の地域から引っ越してきて通う方もいる都立肢体不自由特別支援学校があることもあって、車椅子ユーザーの息子が地元の普通級に行くのは叶わぬ夢のような感じでした」

 そんななか、地元の療育センターの先生の紹介で車椅子ユーザーの同年の友達と知り合ったのをきっかけに、転機が訪れる。

「初めてできた同い年の車椅子ユーザーのお友達。そのママさんと『やっぱり地元の小学校に行かせたいよね〜』とよく話していたんです。すると、地方で役所職員をつとめるそのママ友のお義父さまから『陳情書を出してみたらいいじゃないか!』とのアドバイスが。あれとあれよいう間に、その方の伝手をたどって地元の議員さんをご紹介いただくことになりました。

 恥ずかしながら『陳情書って何?』って言うところからのスタートでしたが、地元の議会に自分の意見をあげられることを初めて知って。〝車椅子ユーザーでも地元の普通級に行けるようにしてほしい〟という思いを伝えるための陳情書を2つ、そのママ友との二人の署名で提出しました」

 提出予定の議会までわずか2カ月弱。他の自治体の状況をリサーチしながら、自分たちの思いをなるべく簡潔に、誰が見ても読みやすいよう苦心してつくり上げた。さらに提出の際、議会の議員控え室に出向いて直訴することに。「これからこの陳情書を提出しますが、事前に話を聞いてもらえますか?と。大変な思いをして書きましたし、この機会を絶対に無駄にしたくなかったんです」

 陳情書の一つは「設備面でエレベーターがなければつけるように改修してほしい」こと、もう一つは「親が学校に付き添わなくても困らないように支援員をつけて、みんなと一緒に授業を受けられるようにしてほしい」という内容だった。

陳情書に込めた思い

 伊藤さんが息子さんの普通級就学にこだわった理由は、幼稚園ではみんなと一緒に成長しているのに、就学を機に車椅子であることを理由に同世代と関わりがなくなり、大人に完全に見守られるような学校生活を危惧したこと。

「それではこの子が成長しないし、本人も物足りないと思う。同世代の子供の中で揉まれないと成長しない」という思いから。車椅子ユーザーであるために本人の自立を妨げかねない行政の教育方針に疑問を感じていた。「少数の反対意見もありましたが、議員のみなさんは基本とても親身に聞いてくださいました」

 この議会では採択されずに継続審議となったものの、「陳情書をきっかけに何人かの議員さんが興味を持ってくださって、就学問題に取り組んでいる方や、障害があっても地元の普通学級でみんなと一緒に学ぶことを推進される元教育者の方をご紹介いただくなど、次第に私たちの居場所が増えていきました」

 その後、役所の担当部署へ足を運ぶ際には息子さんを伴うようにした。
「大人一人で行くと、ひどい言葉を浴びせられた挙句、門前払いされるのではないか、という恐怖感がありました。当事者である息子が一緒ならさすがにそういうこともないでしょうし、本人を見てもらったほうがわかりやすいと思いました。車椅子ユーザーで力がなくて、と話だけしたら非常に重度で手がかかるイメージだけが膨らんでしまう気がして…。でも会ってもらえたら、できない程度もコミュニケーションに問題がないこともわかってもらえると思ったんです」

 一時は諦めて引っ越すことも考えたが、話し合いを重ねた結果、担当部署の人も「普通級がいいよね」と言うようになった。

「どう動いたらいいのか本当にわからなかった」

 なかなか歩くようにならない息子さんが脊髄性筋萎縮症(SMA)という診断を受けたのは2歳後半の時。主治医からはすぐに障害者手帳を取得した方がいいと言われ、車椅子の導入を勧められるが、身内からの反対もあり、孤独な戦いが続いた。

「自分の身内が障害者手帳を取るということ、しかも2歳の子が障害者にある意味認定されるわけなので、周りは当然の葛藤があって最初は反対された。出だしがとても辛かったです。私も、よもや自分の子供が難しい病気にかかるなんて思ってもいなかったし、本当はショックで引きこもったりしたかったけど、実際はそういう間もなく動かざる得ないというか。私が動かないと車椅子で外に出られないし、何も話が進まない。私が動かなければ誰が動くの?ってつねにそんな感じでした」

 最初の難関となったのが幼稚園活動。地元の何園も訪ね歩き、ようやくカトリック系の幼稚園に入園が決まる。人格者の園長先生との出会いにも恵まれた。そこから冒頭の陳情書提出とつながるわけだが、園長先生も地元小学校への入学を後押ししてくれた。

 しかしいざ入学が決まった後も、車椅子ユーザーの受け入れ実績がなかったこともあり、校内・校外学習の付き添い要請やプールの授業の参加可否などの問題にぶつかることも…。

「学校の水泳の授業でボランティアを使って入れる制度が埋もれているけれどある、と当時の養護の先生から聞いて、養護の先生や副校長先生が中心になって手配を進めてくれてママ友がプール介助に入ってくれるなど、本当に助かりました。小学校生活も最後頃、1年生のときに担任だった先生が『私空いてるから』と介助してくださることも。お陰でプールは6年間ずっと入ることができたんです」

 校外学習行事には一度だけ付き添ったが、その後は学校に付いている支援員がフォローに入ってくれた時もあれば、そこまで大きな行事でない場合は担任教員が車椅子を押してくれることも。宿泊行事は、他学年の若手教員と、ママ友経由で紹介された小学校教諭志望の大学生がサポートしてくれた。

「車椅子ユーザーで迷惑かけるだろうし、そのことで授業がストップしてしまったり、クラスみんなの時間を奪ってしまう…そう心苦しかったり、卑屈になっていた気もします。けれど、ママ友たちからは『そんなのお互い様じゃん』と。私は息子の障害のことで悩んでいるけれど、他のママさんは給食を完食できないことで悩んでいたり、『みんなそれぞれの悩みがあって、一緒、一緒』という言葉が本当に心の支えになりました」

車椅子ハンデを乗り越え、進学校へ進学

 3年生の時、「算数のセンスがあるかもしれない」と大学時代に数学専攻だった担任から言葉をかけられた。「もっともっとひねった問題を解いてみたい」という本人の希望から、車椅子ユーザーでも通える塾を知り、4年生になってすぐ入塾。めきめきと成績を伸ばし、進学校への受験を考えるようになった。

「受験に際しても車椅子ユーザーの壁がありましたが、第一志望の学校に問い合わせると、拍子抜けするくらいに対応が良くて、『基準点を満たせば大丈夫です』と」。車椅子用ではないがエレベーター完備、スロープもあり。問い合わせ時のあたたかい雰囲気は入学後も変わることはない。乗り換えもある毎日の登下校は、複数の移動支援サービスの事業所にお世話になっている。

 伊藤さん自身も、移動支援サービスを行える「ガイドヘルパー」の資格を取得した。コロナ禍にヘルパー人材不足になったのを機に新たな資格「介護職員初任者研修」を取得し、現在地元の事業所でヘルパーの仕事に従事している。

「息子がヘルパーさんにずっと助けてもらっているから、ある意味ずっと利用者の立場で見ていて、支援者としての自分が正しいのかよくわからない時があります…。良かれと思ってやりすぎてもいけなかったりとか、ヘルパー職としての範囲規定もありますし、難しいところです」。手助けしていい範囲と、やりすぎてはいけない範囲、これは支援を必要とする息子さんの育児でも通じる部分があった。

 特別支援学校・特別支援教室の拡充が分離教育の加速化につながっていることを危惧するとともに、ただただ息子さんの幸せを願い、幼稚園の入園、地元普通級への就学、入塾、中学受験…車椅子ユーザーではあるが健常児と同じ道を歩んできた。

 数年後、息子さんが地方の大学に進学した場合には一人暮らしになることも考えられるという。「それを考えると、今から涙が出るほど寂しいけれど、私は一緒に行きません。だってその頃はもう大人ですし、いつまでも一緒というわけにはいきませんから」

 息子さんとの二人三脚、家族の協力を得ながら伊藤さんが行動し続けてきたこと。それらは「なぜ地元の学校で一緒に義務教育を受けられないのか?」という障害児の就学に対し疑問を抱いたことはもちろん、結果的に車椅子ハンデを持つ息子さんを自立に導くための布石だったのではないか──。
(2021年11月23日)

【PROFILE】
伊藤和香子(いとう わかこ) 1972年東京都出身。大学卒業後、印刷会社、出版社勤務を経て、フリーランスで編集・校正に従事。一人息子の障害をきっかけに、障害者支援の仕事に興味を持つようになり、地元の介護事業所に登録。移動支援・訪問介護のために、自転車で駆け回る日々。来年は「同行援護従業者(視覚障がい者ガイドヘルパー)」の資格を取得して、仕事の幅を広げる予定。






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