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女性の心、母娘の間に起こる呪いにも似た相互反応を、抉り出す天才の真骨頂

まえがき~湊かなえとは~

『告白』でよく知られている湊かなえさん。

今回初めて生い立ちを調べたら、とてもユニークな経歴をお持ちなんですね。

広島県の柑橘農家で生まれる。空想好きで小中学校時代は赤川次郎や江戸川乱歩を読みふける。武庫川女子大学家政学部被服学科を卒業後、アパレル業界へ。青年海外協力隊でトンガへ赴任後、高校の家庭科非常勤講師を務める。結婚後、2004年から川柳などを投稿しつつも、「形に残るものに挑戦したい」と創作活動を始める。

2007年に『聖職者』で小説推理新人賞を受賞してデビュー。

2008年に有名な『告白』が出版されました。

今回ご紹介した『母性』は2012年に新潮社から出版されたものです。

湊さんのいくつかの書籍を読み、いつも感じるのは、庶民感覚というか、人間の持つ心の醜悪さや、悩みもがきながら進むうちに少しの選択の違いから、数年後にそれが大きな因果となって収束していくー。

どうすればよかったのか。あの時こうすればもしかしたら。

そんな、ある意味では誰もが人生で何度も思うようなことを、強く思い出させるということ。

湊かなえの作品を読んで感じる、彼女の「才能」とは…

「女性性」というのか、女性である私だから感じる「女性ならではの感覚」や「女性ならではの心の機微」。「女性同士の心の軋轢」。そういった心のありようや心という目に見えないものの輪郭を描き出すような言葉を積み重ねるのが本当に素晴らしいなと。

私は湊かなえという人の、作家としての才能を「女性性を抉り出す」「輪郭を丁寧に縁取る」部分に見出しています。

男性には決して分からない。言葉を使わずとも伝わること。友情の段階で手を繋いだり腕を組んだりする、「女性」という生き物の特殊さ。「愛情の反対は無関心」であることを、その意味を、嫌というほど理解させてくれる湊節が、『母性』では特に際立っています。

愛情深い、慈悲深い、他を思いやる…。だからこそ、それが叶わない時。正しく受け取られない時。相手が思いのままにならない時。その「愛情」は「憎悪」やそれに類する感情に変容し、決して火が消えることはない。負の方向へ同じ熱量を持って、変わっていくー。本人も気づかずに。

そんな「おそろしさ」を、「母への憧憬」を、突き付けられる。本書では、この部分が特に鋭く、もぉう割らなきゃいけない飲み物をそのまま飲んでしまったような、何とも言えない重みを感じさせてくれます。

あらすじ


『母性』湊かなえ

あらすじは、ある日、女子高生が庭で倒れているという事件から始まります。

なぜ、女子高生は転落したのか。

それは自殺か、あるいは誰かに自殺へと追い込まれたのか。

最初はただの手記~継ぎ目がどこにあるかわからないのに”狂気”に絡めとられる~

「ふたりの語り手」によって交互に語られて、話は進んでいきます。

一人は「女子高生である”わたし”」。もう一人は「女子高生の母である”私”」。そして、二人から語られていく「わたしの祖母」と「私の母」。

優しいお母さん。気が利いて手先が器用で、女性として娘として不自由のない人生を歩ませたいと時に厳しく育てていく立派なお母さんであるはずの「私」。

そんな印象が、あれ?あれ?とどんどん「狂気」を感じ始めます。

そして、その娘である「わたし」もまた、そんな「お母さん」を信じて、ついていっていた。

それなのに…。

日常のあらゆる場面で気づかされること。「お母さんの目は誰を見つめているの?」

大好きな祖母にたっぷりの愛情を注いでもらったはずの「私」。私にもまた、娘に大好きな母と同じように愛情を注いで育てている「はず」だった…。

そして、起こる「決定的な事件」。「命の選択」を迫られた時、「私」が選んだのはー。

話が進み、数十年。

「わたし」が感じていた「違和感」は、「とある事実」を知らされることで決定的なものとなる。

私は本書を、どんな女性にも潜む「狂気」を描き出していると感じています。愛という狂気。それを母から受け取り、自分の中で消化し、娘へと受け継いでいく。

もう1つの不気味さ


本書がもう1つ不気味なのは、多少は描かれるものの、夫であり父である人。その他の家庭の男性がほとんど描かれない。

さらに、出てくる女性はほとんどが「それぞれの母性」を持っており、それぞれの「狂気」を秘めている。

それらを突き詰めた果てに起こった「女子高生の転落」は、果たして自殺なのか。それとも殺人なのか。

私は色々と数奇な人生を送ってきたようで、よく色々な人から「本を書きなさい」と言われます。奇妙なことに、今は「物書き」をしておりますが、本業は創作活動ではありません。ただ、物書きを仕事とするようになって数年。自身の人生を創作なのか、体験談としてまとめたエッセイになるのか。何かしら残したいとは考えるようになりました。

人生からヒントを得ても、創作することは可能ですし、ありのまま描写することも可能です。

「私小説」という新ジャンルを確立したと言われる、西村賢太さんのような方法もあるとは思いますが、この『母性』のような作りこみをしたら、私にももっと緻密に描き出すことができる世界もあるのかなと参考になりました。

ただ、同じようにやるには、どう頑張っても言葉と頭が足りないので、修業ですね。

著者が「これが書けたら、作家を辞めてもいい。その思いを込めて書き上げました」とまで言った本著を、是非お手にとってみてはいかがでしょうか。

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