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『ハムレット』 第一幕第二場

主人公ハムレットの登場シーンです。
デンマークの王宮では、新たに即位した国王クローディアスと、お妃ガートルードの結婚が華やかに祝われています。しかしじつはガートルードは先王の未亡人。先王の死からひと月半ほどしかたっていません。
ハムレットはその先王とガートルードの息子なのです。

ちなみに「傍白」(アサイド)は、舞台上に他にもたくさん人がいて、その人たちに聞こえていない設定の台詞のこと。
後半の「独白」(モノローグ)のときは、舞台上にハムレット独りです。「ああ、この硬い硬い体が溶け…」から始まる、有名な「第一独白」です。

ちなみにちなみに、従来「弱き者、汝の名は女!」と訳されてきた箇所が出てきますが、どこだかわかりますか?

文中の[…]は原文を省略した箇所です。
太字はとくに有名または/そしてサラのおすすめ台詞です。

国王 わが兄ハムレット王の死はいまだ記憶に新しく、
 むろん、われらみな哀悼をささげ、国がひとつとなって
 憂いに沈むべきではあるのだが、
 わたしの胸では思慮分別が、身内のじょうとせめぎあってきた、
 嘆くばかりが能ではない、遺された者の自覚をもって
 兄のことを思うのが、つとめというものであろう。
 まさにそれゆえに、一度は姉であったわが妃、
 この武勇の国をともに継ぐべき女性にょしょうを、
 わたしはいわば、うちのめされた喜びをもって、
 すなわち、片目には笑みを、片目には涙をたたえ、
 葬儀には祝婚歌、婚礼には挽歌をひびかせ、
 幸と不幸をひとしく心のはかりにかけつつ、
 妻とはしたのだ。この儀に関し、
 みなの者のよき進言をも求めてみたが、
 だれも異存はないとのこと、礼を申すぞ。[…]
 さて、ハムレット、わが甥、そして息子よ――
ハムレット (傍白)身内といっても、気持ちは他人だ。
国王 どうした、そのように顔を曇らせて。
ハムレット まさか、晴れがましすぎて暑苦しいだけです、陛下。

王妃 ハムレット、そのような暗い装いは捨てて、
 王さまにうちとけた顔をお見せなさい。
 いつまでも目を伏せて、亡くなったお父さまの面影を
 土の下に探していてはだめよ。
 生きる者はかならず死に、天国で永遠のいのちを得る、
 それが普通でしょう。
ハムレット ええ、母上、それが普通です。
王妃                 それなら、
 どうしておまえの目には特別に映るの?
 ハムレット 映るも映らないも、じっさい特別でしょう?
 人の目にどう映るかなど、このまっ黒な上着、
 しきたりどおりのりっぱな喪服、
 わざとらしくほーっとため息をついたり、
 目からはらはらと涙をこぼしたり、
 いかにもつらそうな顔をしてみせたり、
 ありとあらゆる悲しみの姿、形、そぶり、
 そんなものでこの気持ちが表せますか。まさに「目に映る」、
 演じられた人の体の動きではありませんか。
 わたしの中にはどうにも見せようのないものがあるのです、
 こんな服など、哀しみの上面うわつらにすぎません。
国王 そなたは優しいのだな、見あげたことだ、ハムレット、
 そのように息子として父の死を悼むのは。
 しかしだな、そなたの父も、その父を亡くし、
 その父もまた父を亡くしたのであって、[…]いつまでも
 悲嘆に暮れているとあっては、さすがに天にたてつくふるまい、
 めめしい嘆きと言わねばならぬぞ。
 […]なあ、どうか、
 無益むやくな悲しみは打ち捨てて、わたしを父と
 思ってくれ。みなの者も聞くがよい、
 わが王冠をつぎに戴くのはそなただ、
 じつの父親が子にそそぐ情愛にくらべても、
 そなたに対するわたしの思いの深さ、
 ひけはとらぬぞ。[…]
 (ハムレットを残して一同退場。)
ハムレット ああ、この硬い硬い体が溶け、
 くずれ、露となって消えてくれれば!

 せめて天に、自害を禁ずる
 おきてがなければ。ああ、神よ、神よ!
 うんざりする、息がつまる、つまらない、くだらない、
 この世のありかたの何もかもが。
 いやだ! いやだいやだ、雑草のはびこる庭だ、
 荒れはてて、きたならしく下卑たものだけが
 のさばっている。まさかこうなろうとは!
 亡くなってまだふた月、いや、ふた月にもならない、
 偉大な国王だった、いまの王とくらべたら
 太陽とけだものだ。あれほど母上を大切にされ、
 すがすがしい風でさえ頬にきつく当たらぬよう
 気をくばっておられた。ああ、思い出すのもつらい。
 母上も父上のそばを離れなかったではないか、
 愛されれば愛されるほど、なお愛をもとめずには
 いられないとでもいうように。それが、ひと月で、
 考えたくもない――もろい人、あなたも女だったのか。
 たったひと月で、父上のなきがらによりそって歩いた
 とむらいの靴も古びぬうちに、
 とめどなく流した涙も乾かぬうちに、まさか、まさか、
 あの母上が! 道理どうりをわきまえぬけものでも、
 あれよりは長く悲しむだろう。しかも、嫁いだのは叔父、
 父上の弟、それも似ても似つかぬ不出来ふできの男、
 ヘラクレスとおれほどもちがう。たったひと月で、
 泣きはらした目から空涙そらなみだの跡も消えぬうちに、
 嫁いだ。どう見ても早すぎるだろう、
 これほどいそいそと兄から弟へ乗りかえるとは。
 めでたしめでたしとはいかないぞ、いくわけがない。
 だが黙っていよう、たとえこの胸がはりさけても。

(訳:実村文)



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