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2020.6.14 マルクス理論に“テロリズム”を結び付けた男の正体

ソ連      2,000万人
中国      6,500万人
ベトナム      100万人
北朝鮮       200万人
カンボジア     200万人
東欧        100万人
ラテン・アメリカ   15万人
アフリカ      170万人
アフガニスタン   150万人
総計         約1億人

上の数字は共産主義の政権によって、これまで命を奪われた人々の総数です。

大量虐殺、拷問、飢餓など…、共産主義のもとで、第二次世界大戦の戦死者8000万人を超える甚大な数の犠牲者が出てしまいました。

でも、ここで一つ疑問が残ります。

そもそも共産主義とは、資本主義による格差・不平等を解消し、
「みんなが平等に格差のない、平和な世の中を作っていく」
という理想社会を目指しているはずです…。

一体なぜ、そのような思想がこれほどの犠牲者を出し、悲惨な結果を生んでしまったのでしょうか?

なぜ、共産主義は独裁者を生み出し、「平等・平和」とはかけ離れた暴力的な行為に繋がったのでしょうか?

歴史家や一部の識者によれば、スターリンや毛沢東など、共産主義の指導者が残虐であり、独裁的な性格だったから。

マルクスが唱えた「共産主義」の理論がそもそも誤っていたから。

等々、様々に述べられていますが、それらは間違っていないものの正確ではなく、もっと根本的な原因、共産主義に「暴力」の魂を吹き込んだ一人の男が、後に20世紀の悲劇を生み出しました。

偉大な革命者が犯した3つの大罪

「平等で平和なユートピア」
「労働者が自由に暮らせる社会」

そんな共産主義の理想を、1億人を殺す「悪魔の思想」で実現しようとした男がいます。
その男こそ、マルクスの理論をもとに実際に「ロシア革命」を成功させ、世界初の共産主義国家・ソ連を築いた指導者:ウラジーミル・レーニンでした。000万人を超える、甚大な数の犠牲者が出てしまいました。

「ソ連建国の父」
「偉大な革命者」
として、今でもリベラル派の間では根強い人気を誇る彼ですが、一体どんなことをして、共産主義を凶暴な方向に狂わせていったのでしょうか…。

レーニンは、現在にまで禍根を残す「ある3つの大罪」を犯していました。

①独裁者を生んだ「民主集中制」の導入
レーニンが残した最も大きな負の遺産…、それが、後に独裁者を生むことになる「民主集中制」と呼ばれる制度でした。

この民主集中制とは、党で決定された方針に“無条件”で従い、上の立場の者に対して、下の立場は反対意見を言ってはならず、全面的に服従しなければならない、といった軍隊のような組織の在り方でした。

それまで共産主義を掲げる各政党は、党内の自由な言論を尊重し、民主主義的な方法で組織を運営・活動していました。

しかし、その流れに逆行し、反発を押しのけてでもレーニン率いる党は、この「民主集中制」を採用。

一部の特権層が党を支配し、他の党員には何の反論も許さない…、自身の欲望のままに権力を行使することができる、そのような独裁的な仕組みを作っていったのです。

こうしてレーニンが取り入れた「民主集中制」が後に共産主義の国で受け継がれ、独裁者のスターリンや毛沢東、北朝鮮の金日成を生んでしまうことになったのです。

②秘密警察「チェーカー」
さらに、レーニンは自分たちに抵抗する人間を暴力で排除する、共産主義特有の弾圧政治の原型も生み出しました。

「暴力で搾取者を押さえつける以外に、大衆を開放する道はない」

こうレーニンが言い残しているように、理想社会を実現するには、資本家など反対勢力を徹底的に排除しなければならない、と目的のための暴力を正当化しています。

その代表例が、秘密警察「チェーカー」の創設でした。

チェーカーは各地へ秘密裏に送り込まれ、政権に抵抗する者たちを監視。
もし反乱者がいれば、直ちに捕まえ、裁判所の決定なしに即座に容疑者を逮捕、投獄、処刑などを行う権限が与えられました。

こうして、チェーカーの存在によって、レーニンの時代から銃殺、絞首、撲殺、毒殺など、あらゆる殺戮行為が実施され、その後、弾圧組織は肥大化。

レーニン亡き後の政権を継いだスターリンは、民主集中制の名のもとに秘密警察を使って、2000万人以上もの大量殺戮を行いました。

ちなみに、このチェーカーという組織は、現在のロシアの諜報機関KGBにつながります。

でもなぜ、レーニンは「民主集中制」や「秘密警察」など、恐ろしい体制を編み出したのか?
これらは、ソ連で暗躍していたテロリストが伝統的に使っていた手法です。
実は、レーニンの兄は昔、暗殺事件に関与していたテロリストであり、昔から兄を尊敬していたレーニンは、その影響を強く受けてテロリズムの思想が染みついていたのです。

こうしてソ連生まれの共産主義は、マルクスの理論と“テロリズム”の思想とを結びつけた、凶暴な思想へと変貌したのでした。

③世界共産革命組織・コミンテルンの創設
このような暴力的な共産主義は、ソ連だけに留まっていれば、20世紀の悲劇は最小限に収まっていたかもしれません。

ですが、不幸なことにレーニン主導のもとで、この共産主義が世界に広まってしまいました。
「全世界の資本主義国家すべてを崩壊させ、共産党一党独裁政権を作り、全世界の人民を開放する」
という野望を抱き、共産主義の思想・組織を全世界へと広げるため、共産主義インターナショナル(通称:コミンテルン)という、共産主義者の世界ネットワークを構築しました。

これによって、ヨーロッパやアメリカ、アジア各国にコミンテルンの支部として共産党が創設。

1919年に「アメリカ共産党」
1921年に「中国共産党」
1922年にはコミンテルンの日本支部として「日本共産党」
が創られました。

世界各国の共産党がソ連からの資金をもとに運営し、ソ連と同じように組織運営をすることを義務付けられたため、まさにレーニン型の「民主集中制」「秘密主義」の原則を持った共産党が、各国に拡大されてしまったのです。

2020年の今も日本共産党は、「民主集中制」を引き継いでいます。

こうしてマルクスの理論にレーニンの暴力的なテロリストの思想が結び付けられ、コミンテルンを通じて世界に拡散していったことで、第二次世界大戦後は、共産主義の勢力が世界の総人口の3分の1にまで拡散。

共産主義の政権が各国で独裁政治を生み出し、犠牲者が合計1億人とも言われる恐ろしいほどの悲劇を招いたのでした。

共産主義は「平等で格差のない社会」という理想的で平和的な理念を掲げているにも関わらず、共産党政権のほとんどが言論の自由を弾圧し、暴力によって人々を恐怖に陥れ、理想とは全くかけ離れた悲惨な結果を生んでしまいました。
これについては前述したように
「マルクスの理論が悪い」
「スターリンや毛沢東が凶暴な性格だった」
など様々な意見がありますが、ソ連建設の父であるレーニンが行ったことを丁寧に紐解いていけば、この明らかな矛盾のもとで、共産主義が暴力の思想へと発展してしまった根本の原因が分かります。

しかし問題は、このようなレーニン型・共産主義の本質を見抜けなかったことで、戦後の世界が大きな過ちを犯してしまったことです。

1970年~1980年代にかけて、中国が「経済の自由化」を進めると発表。
その後、アメリカや日本など世界各国がこぞって
「うまい話がある、儲けられる」
と、大企業の生産拠点を中国に移動させるなど、積極的に協力し、大規模な投資で中国経済の発展を牽引していきました…。

その結果、ご存知の通り、中国はソ連崩壊後も巨大化し続け、まさに今、世界第2位の経済力と160万の兵力を持つ世界最大規模の軍隊を背景に、私たちの安全を脅かす存在となっています。

不幸なことに、レーニンの思想は消えることなく、中国や北朝鮮など、現在も生き残る一党独裁の国にしっかりと受け継がれ、弱まるどころかさらに強化されて生き残ってしまっています。

極端かもしれませんが、今世界を混乱させている「コロナショック」も、共産主義の本質を正しく知らなかったことで、ここまで影響が大きくなってしまった…、と言っても過言ではないかもしれません。

それほどまでに、共産主義という思想や政治の在り方が世界に影響を与え、日本に住む私たちにも少なからず関係しています。
でも、このように世界に影響を与え続けてきた共産主義のことを、私たちはどこまで知っているでしょうか?

いま少し、共産主義というものを理解する時間があってもよいのではないでしょうか。

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