2019.9.5 "拝謁記"でも語られない昭和天皇の苦悩
「平和を念じながら、止められなかった」
終戦から6年後の12月、昭和天皇は日米大戦についてそう語りました──。
記事の画像は、先月NHKが公表した「拝謁記」の一部です。
「拝謁記」とは初代宮内庁長官が昭和天皇との詳細な面会内容を書き留めた18冊にも上るノートで、その資料には冒頭に載せた日米大戦に対する悔恨や反省のほか、
ご自身の退位については
「国民が退位を希望するなら少しも躊躇せぬ」
日本国憲法や再軍備については
「軍備の点だけ公明正大に堂々と改正してやったほうがいい」
元帥から象徴へと変わった立場については
「私は象徴として、自分個人の嫌なことは進んでやるように心がけている」
と、GHQの占領により日本の制度や昭和天皇ご自身を取り巻く環境が急激に変わっていく中で、昭和天皇が何をお考えになっていたのか赤裸々に描かれています。
そんな昭和天皇の生々しい肉声が記された“超一級の資料”として今回公表された拝謁記ですら、明らかにされていない昭和天皇の苦悩がありました…。
皇室の歴史は2600年以上。
それは世界で最も長く、君主制で2番目に長いデンマーク王室ですら、その半分にも及びません…。
それほどの長い歴史を誇る皇室は世界の尊敬を集めていて、例えばエリザベス女王の即位60周年を祝う行事では、欧州の王室を差し置いてエリザベス女王の左席に天皇陛下のお席が用意されるほど…。
今の日本で皇室の伝統が残っているのは昭和天皇が守ったから、と言っても過言ではありません。
世界に誇る日本の伝統を守り抜いた昭和天皇の戦いについて、1人のこの国に生きる人として、ぜひこの機に知って頂ければと思います。
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