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2023.5.18 南京大虐殺の真相…ウソを広めた悪魔の女

今回は、日本の洗脳教育を作った1人の女をテーマにして、少し書いていこうと思います。

この女性に関して言えることは、彼女は私たち日本人にとって最も許せない悪党の1人であり、戦中から様々な謀略活動を行なっていました。

その影響は、戦後に生まれた我々の世代、さらには次の世代の子供たちにまで、まさに日本人としての誇りを打ち砕くような洗脳教育をするきっかけを作った人でもあるのです。

それでは、普段のTVやニュースではほぼ知ることのできない記事をお届けします。

最後までお読み頂けたら幸甚です。


上の写真の女性をご存じでしょうか。
名前だけは聞いた事があるという方もいるかと思います。

彼女の名は、アグネス・スメドレー。

この人物こそ、南京での日本軍による20万人虐殺説を散々喧伝した、日本人にとって許せない人です。

実は、このような人々の証言を基に、日本の学校教育が行なわれていました。

アメリカのジャーナリストが言うから間違いないと言うと、そんな事があるわけなかったのです。

南京戦に参加した人たちが、
「そんなものはなかった」
「見てない」
と証言しても、周りの人は黙らざるを得ません。

アメリカの女性ジャーナリストが言っているから間違いないだろう、という話になってしまうのです。

中国への大陸出兵を経験された元兵士の方は、南京大虐殺に対し、
「冗談じゃない」
と仰っていました。

なぜかといえば、兵士というのは場合によって40~50kgの荷物を担いで歩くわけです。

しかも、中国の国民党が早々に逃げてしまい、日本軍に物資を残さないために村も焼いてしまいます。

その村を見つけて入ると住民たちは怖がって、どこかに逃げていくのです。

村の中に入ると日本と違い、衛生管理が不潔な状態です。

汚い茶碗やハエが集っている米の他、布団も着物も汚れています。

そんなものを日本兵が散々略奪したと言われていますが、ただでさえ40kgもある荷物を担いでいるのに、壊れた汚い茶碗やハエが集っている米、茶色く汚れた布団や着物を一体誰が取るのかと言っていましたので、非常に説得力がありました。

そのような中で、日本兵が大量の略奪や女性を暴行して、大量に組織的な虐殺を行ったと言ったのがアグネス・スメドレーです。

ちなみに私は、虐殺は無かったと当時の一次史料を基に無かったものと判断していますが、日本軍による暴行は当然あったと思っています。

だから大陸に憲兵がいて摘発したわけです。

もちろん、今も昔も不良兵士による小さな事件は、どこの国でもあります。

しかし、組織的な一般市民を並べて100人単位で斬首したなどという事実は無かったと思います。

但し、南京においては、武器を捨てた国民党軍の兵士が逃げられなくなっていました。

実は、中国軍には督戦隊という部隊がいました。

それは、前線で戦っている部隊の後ろで自軍を監督している部隊の事で、前線から逃げてくる味方を撃ち殺していたのです。

こういった状況から仕方なく、前線の兵士たちは敵に向かって突撃するしかありませんでした。

逃げられなかった兵士たちは軍服を脱いで民間人を襲い、民間人の服を盗んで着用し、民間人のフリをしたのです。

これは完全な国際法違反です。

そのような中で、銃を隠し持ち、日本兵を撃つ敵兵が出てきたので、日本軍は対処せざるを得なかったのです。

こういう輩を便衣兵と言いますが、今でいえばゲリラそのものです。

国際法であるジュネーブの法規上、便衣兵は捕虜として保護しなくてもよい対象だったので、日本軍がこれを討伐したという事はあったでしょう。

但し、一般市民である婦女子まで含め、並べて首を片っ端から斬ったという事はないだろうという事です。

実際に南京を日本が攻略したときは、南京の人口は20万人だったと言われています。

日本軍が1937年12月に南京を占拠しました。

占拠して1ヶ月後に国際委員会が再度人口統計すると、なんと25万人に増えていたのです。

なぜかというと、日本と戦争になるからと逃げていた人たちが、日本が南京を攻略し終わって、秩序が回復したので戻ってきたわけです。

もしも、阿鼻叫喚の大虐殺が起きていたとしたら、そんなところに誰も戻ってきたりしないでしょう。

この大虐殺が今では、今では30〜40万人という話になっていて、どんどん死者の数が増えているという事ですが、これを喧伝したのがアグネス・スメドレーです。

日本にとって許せない謀略活動しており、戦後に生まれた我々の世代、次の子供の世代までも、こういった日本人としての誇りを打ち砕くような洗脳教育をするきっかけを作った人でもあったのです。

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