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山小屋の怪異

いきなりなんですけど、皆さんオバケとか怪異に出会ったことあります?
ぼくはあるんですよ、これがwそれも山で墜落機調査をしている最中に。
まあなんだ、話半分くらいのノリで聞いてください。あれは2014年9月12日のことでした…


その日の天気は午前中は晴れだけど、午後から降水確率が50パーセント、みたいな予報だった。実際朝に登りはじめた時点では快晴で暑くてシャツ1枚だったくらい。さくっと第1墜落地点に到達し、機体の破片や焼夷弾を新規に発見したりとまずまずの成果があったあと、不忘山の山頂まで行ってお昼ご飯を食べた。
でちょうど食事終わった頃に…予報通り嫌な感じの風が吹きはじめたんだ。なんというか、あからさまに降る感じの湿った風よ。夕立直前のアレ…みたいな。わかりづらいか。雨雲はまだないし晴れてはいるんだけど、雨の匂いがするみたいな。
まあそんなわけでぼくは決断を迫られた。この日はこのまま不忘から南屏風、屏風岳を経由して第3墜落地点を稜線上から見てみたかったんだよね。で、そこから縦走して刈田峠避難小屋まで行って一泊みたいな。距離は少しあるけど高低差はあんまりない比較的楽なルートになる。
結局、予定通り行くことにした。途中から雨になるだろうけど防寒着もハードシェルもバックパックに入ってる。なんなら寝袋にゴアテックスカバーにツェルトも。よく整備された迷うことのない道だし、9月だし、まあ死ぬことはない。
出発から1時間もするとじわじわと西風が強くなり、やがて空を雲が覆った。さっきまでの青空は何処へやらのどんよりとした曇り空。そして、しとしとと雨が降りはじめた。
雨粒は時を経るにつれて大きくなっていった。同時に風も。ガスが広がり、視界も徐々に狭まっていく。あー、やっぱこうなるよね…。
さらに進んで屏風岳から芝草平、前山とさらに横殴りの雨風が強くなり、思いのほか体温が奪われていく。とはいえずっと雨ってわけでもなくて、晴れたり止んだり、時折雲が晴れて青空と遠くの景色が見渡せたりしてさ、それがまたいい感じの景色で凄く楽しかったよ。
とはいえペースが遅めなのも事実で、うーむ、こりゃ日が暮れる前に小屋に到着出来ないとちとまずいことになるかな…と思い始めたところでまたガスが晴れた。ひらけた視界の先、見下ろす森の中に山小屋の赤い屋根が見えた。これまた一瞬だったけど、それで十分だった。
これといった困難もなく刈田峠避難小屋に到着。先客もなく、完全に貸し切り状態。というわけで早速ストーブが使えるか試してみるとあっさりついた。備え付けのヤカンに水を入れて上に置く。メシの準備をしつつ、服を脱いで濡れたもんは干す。
さすが山用の衣類。あっという間に乾いてくれる。冷えた身体も作った熱々のラーメンにストーブの炎で、内部と外部から一気に回復した。
まあそんな感じで、食べたもんを片付け、軽く読書して、そのうち眠くなってきたから寝袋にくるまって…気がついたら寝たわけですはい。

そして次に目が覚めた時、目に入るのは真っ暗な闇だけだった。
時計のバックライトをつけたら、まさに草木も眠る丑三つ時。午前二時を少し回っていた。
相変わらず強めの風の音がしている。屋根を叩く雨音も。少しずつ目が慣れてくる。小屋の中は不気味に静まり返っていた。

何かの気配をはっきりと感じたのは、その時だった。
特に足音がしたとか、草がガサガサしたわけでもない。なのに気配だけが明確に感じられたんだよね。外に、何かいる。ドアの前に何かが立っている…
まった。これはアレか?アレなのか?もしかしてオバ…

コンコン…とドアが控えめにノックされた。
それから、声。女性ではあるけれど、どこか非人間的な…例えるなら初音ミクとかみたいなボカロのような声で

「…アケテクダサイ」

おいマジで出たぞこれ。
何しろこういうのは初めて…///なので、どうしていいかわからないのでとりあえずそのまま寝とく。するとまたノック。それから囁くような声。

「アケテクダサイ…道ニまよッテ…」

やだわりと怖い!わりと怖いやつ!!
どうしよう?どーしよう?どうするかなあ??流石に狼狽える。
その時である!ニンジャスレイヤーに出てくるザイバツ・シャドーギルドのニンジャ、レッドゴリラ=サンの言葉がぼくのニューロンにソーマトリコールした!
((何事も暴力で解決するのが一番だ))
枕元に置いたバックパックに視線を向けた。タイラップでくくりつけた我が相棒のナイフ、ニムラバスちゃんの頼もしい姿が目に入る。

…けどオバケって物理攻撃効くのかな??

迷う。どうしよう?物理効かなかったら困る。凄く困る。とはいえ冷静に考えたらこの手の状況でなぜか物理攻撃を試したという話は聞かない。やってみたらいけるかもしれない。いやまて、それは攻撃をかけた人間はみんな死ぬか取り憑かれるかしたせいで話がないってことなのではないか??

ドンドン!「アケテクダサイ」

うわ!なんか迷ってる間にオバケちょっとイラついてる!ちょっとイラついてるよ!コンコンがドンドンになってる!!強気になってる!!

「アケテクダサイ…道ニまよッテ…アケテクダサイ…道ニにまよッテ…アケテクダサイ…」

リピートもはじめてる!コワイ!!

ドンドンドン!ドンドンドンドンドン!!

そのうちドアどころかあさま山荘よろしく壁をぶち破るんじゃないかっていう狂気じみた勢いで叩き始める。さすがにこれはクマじゃねえな…いくらなんでもしつこすぎるし、あいつら日本語喋れねえしと、今さら思う。
もはや一周回って恐怖はなかった。だいたいこの手の話はパターンは決まってんだ。ドアを明けたり声を出したりしたら憑かれるか死ぬ。じっとしてれば何も起きない。
…そんなことより、この状況にも関わらずとにかく死ぬほど眠かった!ヤバいくらいヤバい睡魔と疲労感がどっと押し寄せ、魂が馬鹿正直に叫ぶ。

         眠たい!!
\\\\٩( 'ω' )و ////

それなのにどうにもうるさくてかなわない。終いにゃなんか笑い出したり屋根とか這い回ってるし。あーもう、めんどくさいなあ…けどダメだ…マジで瞼が重い…
…とかなんとか思ってるうちに見事に寝落ちしたらしく。
射し込む朝の光と、ちゅんちゅんじゃない、なんかこうざんちほーの鳥の鳴き声で目が覚めた。
しばらく寝袋の中でじっとしたあと、覚悟を決めて身を起こした。ニムラバスちゃんを抜いて逆手に構える。ゆっくりとドアノブを回し、一旦戻す。感覚はわかった。よし、いくぞい…!

てや!!!!

一気にドアを蹴り開けて颯爽と俺小屋から登場!もちろん、外には何もなかった。オバケはいない。パターン的にすぐ背後にいる場合もあるので念のため振り向きざまにナイフを一閃!したもの…虚しく空を切っただけだった。

…バカらしい。

謎の脱力感に襲われながらニムラバスちゃんを鞘に戻す。せっかく外にも出たので朝の一服に三本ばかしタバコを吸い、小屋に戻った。

なんだったんだろうなあ。アレは?

夢か何かにしてはやけに生々しい実感がある…夢か何かなんだろうなと思った。
よーく思い返してみる。昨日の怪異はウシミツアワー、一人の山小屋で、どこかで見たパターン通りに発生した。そう、どこかで見たような、既視感のあるパターンから出なかった。要はぼくの知識の範囲内でしかなく、想定外だとか想像外の行動はなかったわけだ。
そもそもドアに鍵はかかっていなかったのになぜ入って来なかったのか?ここら辺もありがちだよね。夜、障子の向こうに女の影が見えて開けてくれと言うけど、開けたら最後絶対ダメだみたいなやつ。…障子なんか蹴りで一発なのに。
となると、怪異の正体は外部ではなく内部。自分の内側から出たもんだと考えるのが自然になる。

寝起きの頭がだんだん冴えてきた。心当たりはある。山小屋に到達する前に晒された雨風。そしてメシとストーブによる急な回復だ。
人間ってのは特に体温絡みの急激なズレに晒されると何かしら認識がぶっ壊れるもので、それは単なる知識だけでなく、経験則からもよくわかっていた。なにしろ自衛隊時代に真夏に化学防護衣を着て防護マスクして活動した時は地獄のような暑さと喉の渇きでめちゃくちゃ幻覚見えた挙句最終的にぶっ倒れるまでいったからよーくわかる。
山で言えば有名どころなのは矛盾脱衣よね。あまりに寒いと逆に暑く感じて吹雪の中でフルフロンタルになっちゃうってアレ。
昔の人は裸で凍死した人を見て、首を傾げ、思ったんだろう。何かに取り憑かれたに違いない、と。そこから話が膨らんだり、死にはしなかったものの幻覚を見た誰かの話がミックスされていき、伝説怪獣ウー、じゃなくて雪女のゆきめちゃんになっていったーー
そんなもんだ。怪異なんてものの正体はいつだってつまらないものさ。
だいたいな、オバケが実在してぼくに霊感ってもんがあったらとっくに戦死した搭乗員とお茶会を開いて詳しく話しを聞いてこの問題解決してる。

こう話すと、さめちゃんって夢がなくてつまらないのね…とがっかりする人もいるけど、逆だよ逆。
人の認識、脳や神経の世界の捉え方にはまだまだよくわかんないところがたくさんある。そしてどうやらそれが時として何もないのにあたかも怪異が起きているかのように認識させることがあるらしい。そもそもぼくが芸大で専門にやってた映像だって、フェナキスティスコープやゾートロープみたいに人間の錯覚の応用から始まってたりするしね。
いまより研究が進めば、新しい何かが見えてくるんだろう。そっちの方が「怪異は実在した幽霊のせいでした」よりも遥かに面白いし、知的好奇心ってやつを刺激されてワクワクじゃんか。人間にまだ未知な部分があって、それが一つ明らかになるって素敵じゃない?

とはいえ、自分でその謎を解き明かそうってほど情熱があるわけでもなく。いまから医学とか心理学とか勉強して…ってのをやる気力はない。いつの日かニュートンにでも特集される日が来るのを楽しみに待つかな。

ちなみに、このあとは何事もなく下山し、また今日に至るまでオバケとのこういう遭遇してはいないです。
まあ、オバケちゃんにはまたいつか会うこともあるんだろう。きっとぼくがあれから経た年月相応の、新しい姿で。
出来ればぼくの好みがモロに投影されてだな、ピンク髪で理性が蒸発してるシャルルマーニュ十二勇士の男の娘の姿で頼みたいもんだ…


〜fin〜

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