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役に立ちたいと思う

漠然と役に立ちたいと思う。

誰かの、何かの、役に立ちたい と思う。

多くの人がそう思っているかはわからないけど、ときどき人はそうやって思っているんじゃないかな。
なんて、自分をすぐに多数派設定にして安堵しがちだ。

道を聞かれて案内するとか、
時給以上のグッジョブ!を成し遂げるとか、
シャツにアイロンをかけて置くとか、
孫の顔を見せに行くとか、美味しいご飯をつくるとか、
そういうことじゃなくて。

わたしが勝手にニヤリとする妄想から、電力でもうまれないだろうか。
妄想を電力にする装置。
形のないものを目に見えないエネルギーにして物を照らしたり動かしたりする。

止まらなくなる「例えば…」が、空気をきれいにしたりしないだろうか。
例えばが空気清浄をする。
例えが秀逸なほど多くの空気を清浄して、例えばは大気汚染も減らす。

とりとめもなく書きだす文字で、天災を止めることができないだろうか。
、、、
、、、どうやったらできるやら。

ありがとう。どういたしまして。なんてことではないかんじ。

ありがとう。いやいやわたしのほうこそありがとう。なんてかんじ。

小さすぎる自分本位な行動を、地球規模のことに結びつけるなんておこがましいけれど、そんなことを思った。

ただただやりたいからやってる、それが誰かや何かの役に立つってことがあったとして、そのことを知ったらもうそれは、この上ない喜びかもしれない。

ときどきそんなことを考える。

無力だ。
だけど、心の底からは、無力だとは思っていない。

息子たちの未来を考えるとき “人の役にたってほしい” とは、考えない。

やりたいことを一生懸命やれる人生だったら、べつに人の役にたたなくてもいいじゃないか、と思う。
それができる体力をつけて、今だからできるたくさんの経験を積んで、失敗もたくさんして、やりたい何かを一生懸命やれる人生を送ってほしい。

なんだろな、なんで人はひとの役に立ちたいと思うんだろう。

何に報われようとするんだろう。

やりたいことを、一生懸命に。

まず、わたしがそれをしていかなくちゃ、示しがつかないな。

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サミダレ

たわいない日常の中にある、くすっとすることや、ちょっといい話が好き。 書くことも好きだったような気がして、noteを書いてみています。
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