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サラリーマンから保育士へ転身


「私は、血の通った仕事がしたいんです」
上司の机に叩きつけた退職願。
生意気にもそんなことを言って会社を辞めた。

毎日、マニュアル通りの仕事をする。
自分自身がAIのような機械化されているように感じる。
だんだん自分では判断ができなくなって、マニュアル本やガイドブックがないと前に進めない。
日常で“考えること”をしなくなってきているように思えた。

そういう思考になったのは、平日に休みを取ってぶらりと散歩をしている時だった。
保育園の横を通る。
元気な声を出す子供たち、「がんばれー」と応援する先生。
保育園の園庭でかけっこの練習をしている様子だった。
活気があった。
一生懸命走る子供は、真剣な眼差しでゴールを目指している。
雑念のない眼差しだった。
ただひたすら一番になりたい気持ちで走っている。
その姿を見た時、美しいと思った。
あぁ、何かに一生懸命になるとこういう顔になるんだ。
改めて気づいた。
そのゴールした先に先生が待っている。
ゴールした瞬間、どの子も笑顔になっている。
それを先生が褒めたたえる。

私はそれに衝撃を受けた。
こういう仕事がしてみたかったんだと気づいた。
そして、会社を辞めた。

『保育園で働いてみたい』そう思い始めていた。
保育士になるためには、国家資格である保育士資格が必要。
厚生労働大臣指定の大学や専門学校を卒業していれば卒業と同時に保育士資格が得られる。
でも、私は三流大学を卒業しただけで保育に関わる資格など持っていなかった。
では、どうするか。
指定外の大学を卒業しているので、保育の国家試験を受け資格を取れば保育士になれる。
しかし、この保育士国家試験、合格率が20%ほどで少し難易度は高め。筆記試験は9科目もある。
その上で保育士に求められるスキルが、体力・観察力・共感力・コミュニケーション能力…そしてとっさの判断力。
まさに人対人だ。私はこういうものを求めていたのだ。

さて、これから保育士資格を取る手段として、まずは市役所へ行って、時間外保育のアルバイトを雇っているか聞いてみることにした。
やはり時間外保育でも資格を持っていないとダメだと言われた。しかし、園児の給食を作る調理員に空きがあるという。それは、管理栄養士のもとで決められた食事を作るということ。
その面接を受けたいと願い出た。
あとは、試験対策として通信講座を選んだ。昼働いて、夜勉強する。このスタイルで保育士資格を取る。

市役所から面接の連絡が来た。
その保育園に行ってみると、想像していたのとは違ってとても規模が大きく、人数も多かった。
総勢150人の給食を月曜から金曜日まで作る。
離乳食もあればアレルギー食もある。命を預かって仕事をするということを園長がお話しくださった。

「どうして保育士になりたいのですか?」
履歴書を見て、園長は不思議そうに質問してきた。
「血の通った仕事がしたかったんです。毎日パソコンや機械機器に囲まれて仕事をしてきて人と接する機会がなくなりました。コロナになりもっと孤独になりました。
そんな時に保育園の横を通っていたら、かけっこをする子供たちと応援する先生を見て『コレだ!』と思ったんです。
今まで生きてきて人との関わりは希薄でした。前職を経験してより人と接する仕事がしたいと思いました。
数字に踊らされて、見えない相手と競争して自分自身を見失いそうにもなりました。
私のような人間になって欲しくないと次の世代の子供たちに伝えたいと思ってます。
私のような人間が保育士を目指そうというのは無理があるのでしょうか?」
「いいえ、そんなことはありませんよ。苦しいことや痛みを知っている人ほど、子供たちに教えてあげられることってありますよ。勉強がんばって試験に合格すると良いですね!
分からないことがあったら是非聞いてくださいね」

その保育園の調理員の仕事が決まり、夜は通信講座の勉強にも励んだ。
子供の食と栄養は管理栄養士に、保育の心理学は園長先生にとお手本となる先生が、私の助け船となった。

そして2年後…
私は晴れて保育士になれた。給食の調理員をしていた保育園で。

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