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光に導かれて

 「なんで、私はできないんだろう…」
 そんな思考がグルグル頭を駆けめぐる。気がついてはいるけど、片付けられない。物が散らばる。
 やらなくてはいけない事とできない自分のギャップに悩んでいた。
 大学生になって、自分のことは自分でできるようにと母親から言われた。頑張ってやろうとするけど、3日も経たないうちに私の部屋は密林のジャングルと化すのだった。

 そう、私はADHD 注意欠陥多動性障害なのだ。

 あらゆることに、時間がかかる。次の行動に移せない。だから、いつも時間ギリギリ。早く起きても時間ギリギリ…

 この行動はやっぱり小さい時からあったみたいだ。
 夕方、公園で遊んでいるといつまでも遊んでいた。友達が一人二人と帰って、自分一人になっても帰らない。母親が迎えにきても逃げ回る。
 勉強でも趣味でも一度始めたら、集中してご飯を忘れる。切りの良いところがわからなくて、次の行動に移せない。
 一番の悩みは、片付けられないこと。何でも床に置いてしまう。元にあった場所へ返せない。だから、散らかる。食べたものは食べっぱなし。脱いだ洋服は脱ぎっぱなし。ゴミはゴミ箱へ捨てられない。

 これは、一生の問題だ。

 二ヶ月に一回、私は精神科に通院している。いつものように受付を済ませ待合室の椅子には座らず、病院を出て近くのコンビニで雑誌を買うことにしている。待ち時間に長く座って待っていられないのだ。それは、受付の人も分かってくれている。
 そして、コンビニへ。『今月は何が出ているか』目を左から右へ走らせていると、同じようにどれにしようか品定めをしている男性がいる。私も、迷いながら選んだ本に手をかけたら、その男性も私と同じ本に手をかけていた。
「あっ」
「あっ、どうぞどうぞ」男性は、私にその本を譲ってくれた。
「すみません、いいんですか?」
「いいですよ! どうぞどうぞ」
「ありがとうございます」
「ちなみに聞きたいんですけど、どうしてこの本を選んだのですか?」
「あっ、えー、なんとなく…“光”って文字が気になって」
「『光の方へ』ってタイトルに惹かれたってことですか?」
「えぇ、そんなところでしょうか…」
 私は、男性とそんな会話をしてレジへ向かった。

 手にしたその本は『光の方へ』作者は柳 龍悟。病院へ戻って本を読み始める。物語の主人公はADHDと共に生き、困難を乗り越えていくという内容だった。
 私は自分とこの主人公が重なり、夢中になって読んだ。診察の順番がきて名前を呼ばれても気がつかないほどだった。予約をしていても待ち時間は長い。でも、あっという間に過ぎるくらい本の中へ入り込んだのだった。

 ある朝、まだ眠りからさめずぼーっとテレビから流れる情報番組を観ていると、
「今年の本屋大賞が決定しました! 受賞作品は『光の方へ』柳 龍悟さんです。どうぞ、こちらへ」
 私は、一瞬時が止まったように思えた。確かめるためにカバンの中をガサゴソと探し、見つけた。手にしているのは、まさにその本だった。
「では、受賞された柳 龍悟さんにお話を伺いましょう。おめでとうございます…」
 目を見開いて凝視したテレビの画面に映っていたのは、暇つぶしに立ち寄ったコンビニで同時に本を取ろうとしたあの人だった。
「この作品は僕自身を書きました。ADHDや学習障害の方々、自分を見失わないで生活してくださいと切に願います…」
 口があんぐり開いたまま、テレビを観ている。この人もADHDなのかと思うとたまらなく親近感が湧いた。本を途中まで読んでいても、印象に残っているところに戻って読み返したり、困っている場面でのところでは涙したり、自分と同じだと共感した。

 また、二ヶ月後の定期健診へと足を運んだ。待ち時間を退屈に過ごさないために、あの本を読んでいた。もう何回も読み返していたから、本の角は丸まり少々手垢も付いていた。
「あれ? もしかして、コンビニで僕の本買ってくれた人?」
 顔を上げると、『柳龍悟』その人だった。
「この本、僕の?」
「はい、何回も読み直しています」
「うれしいなぁ、こんなになるまで読み込んでくれるなんて…
 お礼にお茶をご馳走させてくれないかな」

 ーーーそして、私たちの恋は始まった。
 お互いADHD とあって心を労わりあい過ごす日々だった。相手にしてほしくないことは、最初に話し合った。出来ることと出来ないことをカバーし合い、時計の歯車のように噛み合って物事が順調に進む。とても居心地が良い。

『私にとって最良のパートナーだ。柳さんもそう、思ってくれているだろうか…』

 柳は本屋大賞を取って、ますます執筆が忙しくなっていった。
 最初のうちは、今日あったことなど電話やラインでお話していたが、最近では柳からの連絡は無い。
 不安になってラインしようと私はスマホを手に取るが、仕事の邪魔をしてはいけないとか、私からの連絡ばかりでウザがられているのだろうかとか、『ああでもない』『こうでもない』と心の中で渦巻いている。
 昔から私は、引っ込み思案なところがあって気持ちをすぐに言えない。ADHDというハンデがあることを、どこかしら心の片隅で重荷となって存在している。それは、柳に対しても私自身が重荷なのだろうかとも思ってしまう。
 柳も私も、夢中になると歯止めが効かない。寝食忘れるくらい没頭してしまう。ADHD 特有の症状だ。それは分かっている…分かっているけど……

 そんな不安な日々が数週間続いた。

 ある朝、私は電話の着信音で目覚めた。柳からだった。
「もしもし! 俺! 書き上げたんだ。やったよ!」
 私は寝ぼけ眼でまだ頭が回っていない状態
「ん? 何が……あぁぁ! 柳さん!」
数週間ぶりに聴いた柳の声に、驚いたのと嬉しいのとごちゃ混ぜになった気持ちが涙となって溢れてきた。
 柳は、今までのことを執筆していたのだった。二人のラブストーリーが書き上がったと声を弾ませて興奮気味に話している。編集者に読んでもらう前に、最初に私に読んでほしいと。

 私は柳とカフェで待ち合わせをした。先に来ていた柳は、ビシッとスーツを着て背筋もピンとしてなんだかカッコよかった。私が席に座ると、柳は書いた小説の原稿をテーブルの上に置きこう言った。
「これを読み終わったら、結婚していただけませんか?」
 この本を持ってプロポーズとは、予想だにしていなかった。私は「はい」と一言だけ言うのが精一杯だった。頰を赤らめてコーヒーを飲み、今まで会えなかった苦しい胸の内を話すと、柳は苦笑いをして下を向いていた。

 お互いADHD の特性を思いあいながらこれからの人生を、柳と共に歩んでいきたい…
 幸せの香りに満ちた空間、コーヒーの香りが二人の幸せを祝福している。

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