人生は自分のものだなんて嘘だ

※この記事は子ども(年齢ではなくて、関係性)視点のものです
※もしかしたら気分を害される方もおられるかもしれませんのでご注意ください。



人生は自分のものだという趣旨のことはこれまで何度も目にしてきた。
他人の人生を生きるのではなく、自分の人生を生きるのだ、と。
また、親目線からも子どもには子どもの人生があって、親のものではないのだと説くものも見たことがある。

正直言ってそんなのきれいごとではないのか。
結局親が子どもがほしいと望んだから、自分がいるんでしょう?
その子どもがほしいというのはなぜ?
世間体?そういうものだから?家庭に子どもがいると楽しいから?
結局自分たち本位でしかないでしょう?
極論ペットと同じじゃないか、と思ってしまう。
(私自身は子どもを持ちたいと思っていない)

別に喧嘩腰でもなんでもなく、産んでくれと頼んだわけじゃない。
親がそうしたから生まれたにすぎない。
ということは、子どもは親の望む通りに生きるべきでは?
そう思わずにはいられない。

自分自身を鑑みると。
とりあえず大学までは国公立に通って正社員になった。
異性との関係もない、清廉潔白な学生時代だった。
ただし、結婚もできず、もちろん子ども(親から見れば孫)もいないまま30代になった。
全然親の望む「普通の」人生になっていない。

大枠で捉えれば正社員になるところまでは良いが、もっと小さなことに目を向けると親の思う通りにはしてこなかった。
・小学生の頃は学級委員とかせず、学校が終わったらさっさと帰ってくるべきだった
・中学生の頃は親の意見に従って部活をやめるべきだった
・本当はもっと地元で名の通った実家から通える大学に入れなくてはいけなかった

親のために生まれてきたのに、なんて親不孝な人間なのだろうか。
そう思わずにはいられない。
そのうち介護などの問題が出てくるだろうが、その時挽回できるのだろうか。
いや、結婚したり孫の顔を見せられていない時点で失格か。
教育にどれだけお金がかかったのだろうか。
学校は公立で、塾の類にも行かなかったけど、きっと莫大なお金がかかっている。
それだけ投資した価値は、私にあるのだろうか。

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