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黄金を運ぶ者たち15 バイヤー

 久しぶりの熟睡は、翌日の昼過ぎにまで及んだ。ドアノブに「ドント・ディスターブ」のサインを掛けていたので、ベッドメイクもこの部屋をパスしてくれた。僕はゆっくりと這い上がり、ベッドの中央で胡坐を掻き、息を吐きながら大きく伸びをした。

まず、すぐにでもタバコが吸いたい。腹も減っている。室内は禁煙だから路上のスタンド灰皿まで行かなくてはならない。僕はベッドの反動を使って跳ねるように立ち上がり、セブンスターとライター、それにテーブルの上の香港ドル紙幣を数枚握り締め、起き抜けの短パンとティーシャツのまま駆けるようにエレベーターへ向かった。

 そしてエントランスのほぼ目の前にあるスタンド灰皿にたどりつき深々と一服した。目の前は大通りとやや細い一方通行がクロスする交差点で、大通りを渡ると飲食店などが軒を連ねる商店街がある。つい先日、その商店街の粥屋でとった朝食が乙だったこともあり、その日も入った。

今回はピータンが入った中華粥を注文したが、淡白な粥の味にピータンの臭みがアクセントになって、これもまた良かった。食後にコンビニへ立ち寄り、ミネラルウォーターを買う。その時短パンのポケットに突っ込んであったスマホが鳴った。利根川からの着信だ。
「お疲れ様です。六本売却完了です。今晩、小森さんにお金もたせますんで、買付けお願いしますね」
 利根川の声には張りがあった。

「了解です。ところで前に言った『シリアル交換』がされないまま売却というのが気にはなるんですけど大丈夫ですかね?」
 僕はまずそれを一応は確認したかった。

「冴島さんが言うには、ワンクッション入っているから問題ないということですよ。万が一の場合は毛沢東に返したと言えばいいんじゃないですか、売り先が税関から詰められたら毛沢東から購入ということになってます」

 心配がなくはなかったが、利根川さんならそのあたりの根回しに抜かりはあるまいと思った。それにもう売ってしまったことだから今更どうこうしようもない。
「心配なのは、小森さんなんですけどね」利根川の口調が一転し苦々しいものとなる。

話題は、昨夜の仙道と同じく小森のギャラアップや独立の噂になる。僕は黙って聞いていたが、利根川の場合は不穏な内容に発展した。
「小森さんが現金をパクったりしないかと思いましてね」
「は?小森さんの自宅も知ってますし、いくらなんでもそれはありませんよ」
「いや。盗まれたフリとかできるじゃないですか」
「そりゃまあそうですが、だったら何で彼女に現金を持たせるんですか」
「それはまあみんな予定があって、今夜行けるのは彼女だけなんです」

 あまりのご都合主義に僕は呆れてしまった。僕はこれ以上言葉を口にしたら苛立ちが怒りに変わりかねないと感じたので、スマホを顔から離して一度深呼吸をする。
「これから盗もうとする人間が報酬を上げてくれなんて要求すると思えませんけど。そんなに心配なら、僕は今晩空港の到着ゲートまで迎えに行きますよ。本来の意味での防犯対策としてね」

 感情を抑えてそう言ったのだが、少し棘のある言い方だと自分でも思った。が、利根川は気づかなかったようだ。

「それはありがたい!わたしは出発ゲートで彼女が保安検査をパスするまで見送ります」
 利根川は声をやや弾ませて言った。僕は今後の付き合いも考えて、利根川にもわかるように釘を刺さなければならないと思った。

「独立の噂は岡島さんあたりから入ったんでしょうけど。それは小森さんがわざと自分で流した情報です。彼女は今ちょっとお金が欲しいんです。金主になりそうな人を利根川さんに紹介して分け前をもらいたいのが本音で、独立の噂があれば、利根川さんはその分け前を増やして、彼女と金主をこちら側に引き止めようとするでしょ。それが狙いなだけです」
「なるほど!そうでしたか!わたしもそういうのには疎くて」
「彼女は、寄生虫…というかオンナなんですよ」
「全く女ってヤツは面倒看きれませんね」
「昔の人も言ってます。優しくすると付け上がるし、冷たくすると怨む」
「けだし、名言ですな」
 ため息交じりに利根川はそう感想を述べ話は終わった。

 名言は「論語」にある。ただ少し違う「女子と小人は養い難し」付き合いきれないのは女子ばかりではない。
(利根川さん。そんなんじゃ貴方も小人ですよ)
 僕は密かに思ったが、もちろん口に出すようなことはしない。

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