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親のバカ

子育ての風景

二葉亭四迷が「平凡」の中で
「親の馬鹿程有難い物はない」
「私は斯ういう価値の無い平凡な人間だ。それを二つとない宝のように、人に後ろ指を差されて迄も愛して呉れたのは、生まれて以来今日迄何万人となく人に出会ったけれど、其中で唯祖母と父母あるばかりだ」
そして、型に押し籠めずに育ててくれたと無上の感謝をささげている。

今も昔も親は子どもに過剰な期待を込めてしまうものだ。
「末は博士か大臣か」なんて昔は言ったものだが
いまや大学院でお金を払って教授にいじめられてさんざん苦労して博士になって、いい歳になっても結婚はおろか非常勤でやっとのことで食いつないでいるとか大臣になっても失言であっという間に更迭されたりで
なんとも夢の無いことだ。(毒

それでも

子どもが小さいうちは
もしかしたらこの子には何かの才能があるかもしれない
というか「あるに違いない」と親は思うもので
ささいなことでも
「もしかしたら、うちの子、天才でわ!?」
なーんて舞い上がったりする。
ピアノかもしれない
サッカーかもしれない
数学かもしれない
英語かもしれない
バレエかもしれない
解剖学かもしれない…

親はせっせと色々なチャンスを与えて
選択肢をたくさん用意して
子どもの「才能」を開花させてやろうと…

で、だいたい10歳にもなれば見えてきますね…(笑)
ま、親が親だから。
親の方は万が一の「トンビが鷹を生む」のを期待して
やっぱり「ウリのツルに茄子は成らぬ」とあきらめるのがオチですな。

本当の才能とか天才というものは
どんなに押さえつけても隠しても
怒涛の如く噴き出して止めようが無いのではと思う。

夢は膨らませられるうちに膨らませて楽しめばいいのでは ♪

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