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読書ノート4 小林登志子著「古代メソポタミア全史」シュメル,バビロニアからサーサーン朝ペルシアまで (中公新書)

 世界史の時間に四大文明について学んだ人は多いはず.しかし,古代メソポタミアでは,シュメルから新バビロニアまでで約3000年の歴史を持つ.学校で習う世界史が,古代ギリシャのポリスの時代から現代までで約3000年であるから,それと同じくらいの長さを持つ.現在,学校で習う世界史は,人類にとっては2回目の文明史ということができるかもしれない.
 後書きで著者はいう.「五〇〇〇年前にシュメル人が普遍的都市文明を形成したとき,ほぼ今日の社会の祖型はできていた」.宗教で人々をまとめて都市を作り,技術革新によって自然を克服し,専門職を育成して交易をし,それを文字で記録し,軍隊を持って他の都市と抗争するという歴史が,本書では繰り返し述べられる.そういわれてみれば,金属の使用だけでなく,いま日本で話題のハンコ文化や,世界中の車が使っている車輪の発明も,古代メソポタミア起源である.とくに本書は,繰り返される古代メソポタミアの戦争の著述で満ちていて,これが現在にも続いている.5000年経ってもシュメルと同じ仕組みで紛争解決というのは,なんとも進歩のない話である.よく戦争をしないなどというのは現実離れした話で,国際間の紛争解決は甘いものではないのだ,という人がいるが,そもそも紛争しないような社会を構築する知恵を,そろそろ生み出せないものだろうか? SDGsは未だ脆弱な仕組みではあるが,紛争の原因を一つ一つ取り除くことが目標になっている.これが少しでも光となることを期待したい.
 天体観測や暦も古代メソポタミア起源であるが,シュメルの統一国家を成し遂げたウル第三王朝以来,「年名」は,何か大きなできごとが起こったり,王が自分の業績を残すためにつけられたとのことである.例えば,第三王朝によるシュメル統一は「王ウルナンムが下から上まで道をまっすぐにした年」といった具合である.著者によれば,本書の出版年である西暦2020年は「無敗のコントレイルがダービー馬になった年」だそうである.しかし,一般的に言えば,2020年の年名は「世界がCOVID-19によって危機に陥った年」になるだろう.同じく後書きで,著者は,「執筆していて,過去帳をめくっていくような気分がした.どれだけの人が機嫌よく一生を過ごせただろうか.どれだけの人が無念の想いを抱いて世を去っただろうか.おそらく後者のほうが多いのではないだろうか.歴史を書くということは,登場した人々への鎮魂の意味があるのではと思うにいたった.」と述懐している.科学の歴史を手繰っていても,同じような想いをすることが確かにある.2021年は,歴史家がCOVID-19犠牲者の追悼を書かなくてもすむような年になるとよいのだが.






 

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