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雑記帳 その3

 ちひろ美術館・東京で「いわさきちひろ ぼつご50しゅうねん」の企画展が開かれている.  嵐の過ぎた午後に,やさしい絵の中にみえる心の強さは何なのだろう,ということを思いながら展示を巡った.作家のアトリエが再現されている常設展示には「大人になること」というパネル展示がある.これは以前も見ていたはずなのだが,今回,「この人は戦争で身も心も灰になったところから立ち上がってきたひとなのだ」ということに改めて気づかされた.「大人になること」を身につけているからこそ,さまざまな困難の

    • 雑記帳 その1 はじめに

       私の好きな画家の一人に松本竣介という洋画家がいます.戦前から終戦直後にかけて,耳が聞こえないというハンデキャップを持ちながら油絵を描き,「ニコライ堂」や横浜の陸橋を描いた「Y市の橋」などが代表作です.私のお気に入りは,青を基調に線画で街を描いた連作です.松本さんの青は本当に美しい.私が若いころに,倉敷の大原美術館で出会い,以来ファンになりました.  「雑記帳」は,松本さんが,第二次世界大戦が始まる少し前に,夫婦で共同して出版していた雑誌のタイトルです.戦争に向かう時代でした

      • 雑記帳 その2

        稲含山茂垣の牧場跡   画像は,下仁田町ジオサイトのひすい輝石岩露頭近くにある茂垣の牧場あと.昔は,番犬がいて,通行車両があるとよく吠えてくれていたが,廃業して引っ越ししてしまったらしい.林道沿いで熊の爪とぎ跡や糞が多数あったのは,番犬がいなくなってしまったせいかもしれない.  日本がお金持ちのときは,こんな山奥でもゴルフ場開発がなされて,本来の日本の自然の姿が変わってしまっていた.山仕事をしていた人たちが,ゴルフ場の整備やキャディーさんに転職してしまった.結果,山仕事をす

        • 地質学考5 モデルとしての地質図は客観的か?

           自然科学は,実験・観察によって自然の性質を調べることから始まります.科学史と科学教育の日本の泰斗である板倉聖宜先生の定義によれば,実験・観察とは,仮説を持って自然に働きかける行為です*6.実験・観察によって自然に働きかけをした結果,得られた自然の性質を「データ」とよびます.自然科学のデータは実証的・客観的で,かつ再現性があることが求められます.ただ,実証的・客観的で,かつ再現性というのはデータの質を保証する基準であって,科学的かという基準とは別ものであることは注意が必要です

        雑記帳 その3

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        記事

          地質学考4 地質学は視覚言語を多用する

           前回,地質学の調査データには,視覚的な質的情報が多いということを書きました.この部分をもう少し掘り下げてみましょう.  18世紀から19世紀にかけての地質学史を研究したルドウィック( M. J. S. Rudwick, 1932- )によれば,地質学は視覚的なもの,例えば地図,断面図,カラースライド,いろいろなグラフ,などを多用することが特徴だとしています.*5 こうした視覚的なものを用いて意味を伝えることを視覚言語( visual language )と呼びます.  日本

          地質学考4 地質学は視覚言語を多用する

          地質学考3 地下世界の地図をつくる

           前回,地質学は,地下の可視化をするのが第一歩ということを書きました.岩盤を覆い隠している土や植物をとりのぞいたときに,地下がどう見えるか,というのは「地質図」とという地図として表現されます.地質図は,地表面の凹凸の形と,地下の岩盤の種類の違いの境界の交線として表現されます.この交線を作図する方法を「地質図学」といい,地質学教室では必ず習う講義になっています.  この方法を編み出したのは,「イギリス地質学の父」と呼ばれるウィリアム・スミス(W. Smith, 1769-183

          地質学考3 地下世界の地図をつくる

          地質学考 その2 見えないものは分かりづらい.

           日本語で書いているので,読者のみなさんは日本語ユーザーと思いますが,日本国内で,地質学にふれる一番の機会は,学校の理科の勉強だと思われます.日本の小学校では,6年生で地層や火山・地震について勉強します.また,中学1年生で,同じく地震・火山・地層・化石・プレートテクトニクスについての学習があります.多分,日本人の常識としての地質学は,これらの勉強がもとになっているはずです.  中学校理科よりも少し専門的にいうと,地質学は,固体地球の内部の構造(地層・岩石の立体的な分布や相互関

          地質学考 その2 見えないものは分かりづらい.

          地質学考 その1 地質学は自然科学だろうか?

           「専門は何か」と問われたとき,私の答えの1つは「地質学」です.  ふりかえってみれば,小学生の頃から地元の博物館主催の化石採集に何度か行ったことがあり,地質学に関連したことが嫌いではなかったのは確かですが,専門として学ぶようになったのは大学に入ってからでした.  自然科学というのは,人間をとりまくものが,どのようなしくみで動いているのか,ということを知りたいという素朴な欲求から生まれたものと思われます.自然科学は,現生人類(ホモ・サピエンス)になってから始まりましたから,こ

          地質学考 その1 地質学は自然科学だろうか?

          読書ノート5 高橋憲一 著 「よみがえる天才5 コペルニクス」 (ちくまプリマ―新書) ★辛口

           まず,文体について.ちくまプリマ―新書は,「その道の専門家が、わかりやすくかみ砕き、しかもワンテーマで伝える入門書」(http://kaze.shinshomap.info/interview/editor/05/01.html) というのがキャッチフレーズですが,若い人向けに「わかりやすくかみ砕く」ことと,おじさんが上から目線でなれなれしく語るというのは違うような気がします.「ざんねんながら,ブッブーッ(不正解の擬音)」というようなフレーズを使うと,高校生が親近感を持って

          読書ノート5 高橋憲一 著 「よみがえる天才5 コペルニクス」 (ちくまプリマ―新書) ★辛口

          読書ノート4 小林登志子著「古代メソポタミア全史」シュメル,バビロニアからサーサーン朝ペルシアまで (中公新書)

           世界史の時間に四大文明について学んだ人は多いはず.しかし,古代メソポタミアでは,シュメルから新バビロニアまでで約3000年の歴史を持つ.学校で習う世界史が,古代ギリシャのポリスの時代から現代までで約3000年であるから,それと同じくらいの長さを持つ.現在,学校で習う世界史は,人類にとっては2回目の文明史ということができるかもしれない.  後書きで著者はいう.「五〇〇〇年前にシュメル人が普遍的都市文明を形成したとき,ほぼ今日の社会の祖型はできていた」.宗教で人々をまとめて都

          読書ノート4 小林登志子著「古代メソポタミア全史」シュメル,バビロニアからサーサーン朝ペルシアまで (中公新書)

          読書ノート3 柄谷行人 著 「世界史の構造」 (岩波現代文庫)

           柄谷行人によるマルクス社会主義理論の再構築の試み. 「交換様式A, B, C, D」「ネーション,ステーツ,キャピタル,アソシエーション」といった独自の用語が,定義されることなく展開するので,著者の著作を系統的に読んでいる人でないと理解が難しい構成になっている. 共産主義革命や,ソビエト連邦や中国などの社会主義の破綻の原因を分析し,カントの考察を交えて,マルクス史観を交換様式という観点から発展させるという著者のライフワークにあたる著作の1つと考えられる. 交換様式

          読書ノート3 柄谷行人 著 「世界史の構造」 (岩波現代文庫)

          読書ノート2: ガリレオ・ガリレイ「偽金鑑識官」山田慶兒・谷 秦,訳,中公クラッシックス

          自然のしくみについて仮説を立て,そこから演繹される説明について,実験観察により検証する,という仮説演繹法とその検証という方法は,近代自然科学の基本となったものである.仮説の真偽を完全に証明することが難しい場合でも,検証を繰り返すことで,仮説の信頼性を高めることができる.現代に追加するならば,検証の延長として,追試も仮説の信頼性を高める上では重要である.  これを,明示的に使い始めたのはガリレオであるとされている.仮説演繹法自体は,自然現象のしくみについてモデルを考え,そのモ

          読書ノート2: ガリレオ・ガリレイ「偽金鑑識官」山田慶兒・谷 秦,訳,中公クラッシックス

          読書ノート1: 高木澪子著「心の科学史」,講談社学術文庫

          p. 38: 近・現代心理学の思想史的前提となる物心二元論の枠組み(内と外,もしくは自と他の峻別)は,科学革命の進展に伴い霊物プネウマが死物化して,すべての自然が<物体>とその機械的運動とに還元されおわった時,そのような「自然」の中に収まりきらない<心>が「個人の意識」として改めて定義しなおされることによって成立したものと筆者は考えている. p. 112: (結論的に言えば)学問の歴史を学ぶことの積極的意味は,現代を含めたすべての時代を相対化することによって,現代を限ってい

          読書ノート1: 高木澪子著「心の科学史」,講談社学術文庫