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デジタルものづくりとSDGs

1.SDGsから離れていく会社人間の自分

「持続可能な開発目標(SDGs)」が2015年9月の国連サミットで合意されてから、今年はちょうどその目標達成期間の折返しを迎えます。制定当時、私は所属組織の中でも最もこの策定プロセスをウォッチできる立場にいて、SDGsのもとになった「持続可能な開発のための2030アジェンダ」の全文も何度も読み返しました。17のゴールと169のターゲットに何が書かれているのかもよく理解しているつもりです。でも、それも今からもう8年も前の話。それ以降の私のキャリアは、SDGsとはあまり関係なさそうな方向にどんどん向かって行ってしまいました。

SDGs制定から半年後、私は最初のブータン駐在の機会を得ました。当時はまだSDGsの記憶もはっきりしていて、わが社がやることはすべからくSDGsのどのゴールのどのターゲットに関連するのか紐づけを意識しようと心がけ、周りの人にもそれを慫慂していた時期でした。でも、当時日本から派遣されてきていた開発協力関係者の間で、「SDGs」という言葉はまだほとんど浸透していないという現実にも直面しました。

それ以上に戸惑ったのは、ブータン国民向けのSDGsの普及啓発は国連機関の専管事項と見なされていて、そもそも国連常駐代表事務所もUNDPも、その他の国連専門機関現地事務所も、SDGs関連の事業で他の二国間援助機関と組もうという意識がまったくありませんでした。ブータン政府もそれに特に疑問も抱いていない様子でした。

「うちもSDGs達成には協力するから、普及啓発活動を計画するなら一緒にやろう」———そう国連常駐代表にもブータン政府高官にも何度もそう意向を伝えましたが、そんな機会は一度もなく、何かイベントがあれば、結果は翌日の新聞やテレビ報道で知るということが続きました。さすがにそんな状態が3年も続くと、私自身も「SDGs」と言わなくなりました。

ただ、それは世間の「SDGs」理解の進展とは別次元の話。今でもよく覚えているのは、2017年8月、ブータンに初めてのファブラボができてから1カ月も経っていない頃、私はファブラボ・ブータンのツェワン・ルンドゥップ君に頼んで、国連常駐代表が当時再開しようと試みていた「現地開発パートナー定例会合」の復活初回の会合に、プレゼンに来てもらった時のことです。

あいにくツェワン本人は来られませんでしたが、代わりに若手筆頭格のスタッフと、ユーザーグループ代表2名の、計3名でやって来ました。そして彼らが行ったプレゼンでも、すでに「ファブラボ・ブータンとSDGs」というスライドが挿入されていて、ファブラボ・ブータンはSDGsにどう貢献するのか、そこには当時の彼らの考えが明記されていたのです。それは、「教育」や「企業家支援」であったと記憶しています。

私はこれにはちょっとした感動を覚えました。SDGs制定から約1年が経過した頃の話ですが、市民団体の1つに過ぎなかったファブラボ・ブータンのスタッフや利用者が、こちらから念を押さなくても「SDGs」を自分たちなりに理解して、SDGsと紐づけて自分たちの事業を語っている。これは、当時の日本国内でのSDGsの浸透度合いと比較してみても、ひょっとしたらブータンの方が進んでいるのではないかとすら思わされる出来事でした。

うちの組織は関わらせてもらえなかったけれど、これは、国連常駐代表事務所や国連機関が、ブータン政府やメディア、市民社会組織などを巻き込んで繰り広げたアドボカシー活動の大きな成果だと私は評価しています。

一度目のブータン駐在を終えたあと、私は次の人事異動で、さらにSDGsから離れた部署で仕事をすることになりました。組織の中枢部と近いところで、トップの意向を踏まえて業務遂行しなければならなかったのですが、そこに「SDGs」という言葉が飛び交う場面はありませんでした。

そうこうするうちに、「SDGs」を売りにする解説本が巷に溢れるようになり、意識啓発や行動変革につなげようとするワークショップやセミナーがたくさん開かれるようになってきました。ずっとSDGsに張り付いて組織や社会の普及啓発をやってこられた方々は、すでにそれ自体が飯のタネになってきた感があります。私自身もそうなることができるチャンスがひょっとしたらあったのかもしれません。しかし、会社人間としての自分は日々目の前の仕事に流され、SDGsからどんどん離れて行きました。


2.組織内ファブ推進者から見たSDGs

時計の針を戻します。2013年から15年にかけて、国連のSDGs策定プロセスウォッチャーだった当時、私にはもう1つ、「組織内でのデジタルものづくりの普及」という別のタスクも担っていました。これは、部署の上長の問題意識にもとづいたものでは必ずしもなく、当時の役員のそれによるものでした。2013年8月のFAB9(横浜)に呼ばれたこの役員が、ファブの可能性に気づき、当時そのポストにいた私の前任者に落としてきた特命事項でした。

当然、その周囲にいた上長や同僚に、ファブ主流化に関する当事者意識はあまりなかったし、この役員が退任され、さらに私が人事異動でこのタスクを自分の後任に引き渡したあと、糸の切れた凧のようになってしまいました。

それはさておき、私が当時いろいろ持たされていた特命事項それぞれについて、それがSDGsとどう関係するのかを考える「頭の体操」を常にしていたことは言うまでもありません。ファブとSDGsに関する当時の頭の体操の結果は、JICA研究所が2016年に公開した「オープンイノベーションと開発」研究会実施結果報告書の中で書かせていただいています。

 地域にイノベーション・エコシステムを構築していくことは、サブナショナルなレベルでの取組みに焦点が当たる SDGs では有効なアプローチの 1 つといえる。この取組みを拡大させるには、SDGs にそれがどう貢献するのかを明示する必要がある。しかし、(中略)各々のファブラボはその設置に至る背景や経緯、立地条件、利用者の構成により、その持つ性格がひとつひとつ異なる。このため、ファブラボが SDGs のどのターゲットの取組みを地域レベルで促進するものなのか、一般化して示すことは難しい。
 しかし、以上述べてきた論点を整理すると、フィリピンのファブラボ・ボホールについては(中略)地元中小零細起業家の育成や地場産業の育成、科学技術イノベーション人材の養成など、地域にファブラボが設置されることにより、直接的に貢献できるターゲットは多い。一方、ファブラボによって創出される地域特有のイノベーションがどのターゲットの達成に今後貢献してゆくものになるかは、実際にそこで何が作られるのかをさらに見守る必要がある。間接的貢献として幾つかの項目を列挙したが、潜在的にはもっと広範な可能性を秘めると考えられる。

(前掲書、26頁)

今、各組織のSDGsへの取組み状況のアピールでは、どのゴールの達成に貢献しているのかを、事業紹介にSDGsの当該ゴールのロゴマークをくっ付けて見せることが一般化しており、日本が行っている開発協力事業も、同じような手法が採用されています。

でも、これを実践していて難しいなと思うのは、こうした特定ゴールとの紐づけがそのあと一人歩きして、その事業は他のゴールには貢献しないのだとの線引きが、無意識のうちにされてしまう事態も予想されることです。わかりやすさという面ではSDGsロゴは大きな効果があったと思います。一方で、本来「持続可能な開発に向けた2030アジェンダ」が有していた「包括性」や「誰も取り残さない」という精神には反する結果も招いているように思うのは、私だけでしょうか。

それでも、バカ正直に、「ファブラボがどのゴールに貢献するのかなんて、最初から規定することは難しい」な~んて言ってしまうと、組織内では誰もまともに取り合ってはくれません。ファブラボの新設を支援したり、現地でのファブラボとの連携を組み込んだりした開発協力がなかなか実現に至らない理由の1つが、ここにあると思っています。

「2030アジェンダ」がもともと持っていた精神に立ち戻って、私が最近よく使っているのは、次のような説明です。

包括性を持つアジェンダには、より包括性のあるソリューションで応じることも必要。ファブラボのような分散型生産拠点がたくさんでき、それぞれの拠点がつながって、相互に助言や支援、オープンソースのデータの共有が進めば、人々がその暮らす地域ですぐにアイデアを形にできる。一品もののカスタマイズ生産に向くこれらの施設は、小口で多様なニーズに応じることができるので、誰も取り残さないというSDGsの精神とも軌を一にしている。

ロングテール部分には、伝統的な開発協力スキームでは対応できていない小口の課題が多い

結局のところ、現場に近いところで活動している協力隊員や専門家の方々、国際協力NGOの方々、フィールドワークをされている日本の大学の先生や学生などの間で、ファブへの理解が進んでいかないと、「誰も取り残さない」ために現地のファブ施設の活用も考えてみようとはなっていきません。


3.ファブ・コミュニティからの働きかけ

世界的なファブラボのネットワーク推進の提唱者である、MITのニール・ガーシェンフェルド教授の著書『Designing Reality』の中には、教授が2015年9月の国連SDGsサミットの会場で、ポップアップ・ファブラボを出展したエピソードが出てきます。

国連で開催された「持続可能な開発目標(SDGs)」イニシアティブの発表の場で、我々はポップアップ型ファブラボを出展した。SDGsは、事実上の「白人富裕層」の開発目標に続く、包括的なプロセスから生まれたものである。SDGsは、ヘルスケア、教育、クリーンなエネルギーと水へのアクセス、貧困と飢餓の解消といった目標を含んでいる。集まった外交官たちは、なぜ我々がそこにいるのか、不思議そうに見ていた。そして、SDGsのほとんどが、ビットからアトムへ、つまり医療用センサーや浄水器などを現地で作る能力を必要としているのに気づき、啓示を受けることになった。

ダボスでの世界経済フォーラムにも我々はポップアップ・ファブラボを出展した。集まった政財界のリーダーたちにデジタルファブリケーションを「教える」のではなく、「見せる」こともしたのだ。その際、国連の人道支援責任者(当時)がこのラボに遭遇し、ファブラボが、難民キャンプにおける、インフラ整備、教育機会、ビジネスインキュベーション、娯楽などの重要な課題にいずれも関わっている事実にご立腹だったようだ。しかし、やがて彼女は、デジタルファブリケーションへのアクセスは、これらすべての問題に共通し、現職の人々が考えてもみなかった共通性があることに気づき、啓示を得ることになったのである。

(前掲書、63頁)

ニール教授がすでに2015年の時点ですでにSDGsとのコネクションを意識しておられたのを本書を読んで知り、私も感銘を受けました。

その後、ファブラボのネットワークの中では、「ファブラボと国連SDGs(Fab Labs and UN Sustainable Development Goals(SDGs))」というグローバル・ワーキンググループが形成されています。オランダ、イタリア、ペルー、エジプト、南ア、台湾、インド、ニュージーランド、米国の方がメンバーとなっていて、このメンバーの1人はファブラボCSTでホストするFab Bhutan Challengeにも来られるそうですし、このWGのコーディネーターであるピーター・ファンデル・イーデンさんは、FAB23カンファレンス期間中にワークショップを主催される予定にもなっています。

5月初旬、そのピーター氏からメールが届き、fablabs.ioに登録しているブータンのすべてのファブラボに対して、その事業がSDGsのどのゴールを重視しているのか、4つまで選んで回答するよう、作業指示がありました。私は、SDGsウォッチャーだった時代に行った「頭の体操」の経験があったので、選ぶゴールを4つに限定して、自分たちの活動の可能性を自ら狭めてしまうのはナンセンスだと思いましたが、すでに回答済みのファブラボはすべてそうしているようですし(下図)、それに従うことにしました。

これを見て、ブータンは国全体がFab Cityのメンバーなのだと理解できた。
ただし、「Fab Country」を最初に用いたのは、2016年11月の私なんで…
国別→都市別→ファブラボ別で取組むゴールが整理されている樹形図
日本のファブラボの回答状況もわかる

ちなみに、ファブラボCSTが取りあえず挙げたのは次の4つのゴールです。
 ①ゴール3「すべての人に健康と福祉を」
 ②ゴール9「産業と技術革新の基盤を作ろう」
 ③ゴール11「住み続けられるまちづくりを」
 ④ゴール17「パートナーシップで目標を達成しよう」

取りあえず、ブータン国内に6つあるファブラボの中で、先陣を切って回答できたことにはホッとしていますが、それでも、今後のこの地域でのニーズの掘り起こし方とか、巨大災害やパンデミックが発生した場合の緊急援助・人道支援のニーズとか、そういう事態になってみて初めて、私たちが取り組む能力を持っていたとわかるゴールもあるように思います。上記①~④で挙げていないからといって、私たちが地域での教育普及に何も協力していないわけではないし、農業・農村開発分野であっても、私たちが施設提供してプロトタイピングに協力した実績はすでにあります。

こうやって回答数を絞り込むことによって、主催者は何がしたいのか、彼らの仮説は何なのかは気になるところです。

結果的に、17のゴールすべてにファブラボは絡んでいるのだという、ネットワークとしての全体像が描けたら面白いと思いますし、ゴール17の回答数がものすごく多くて地域コミュニティづくりのハブになっているとか、ゴール13(気候変動に具体的な対策を)にもそこそこ回答が集中しているとか、そういう姿が示せたら、この調査結果は国際社会全体に対する大きなアピール材料となることでしょう。


4.これを機会に、SDGsをもう一度意識しよう

今回、ファブとSDGsについて記事を書こうと思ったきっかけは、SDGs策定プロセスウォッチャーだった当時の自分の経験について、話を聴きたいとの要望が、会社の後輩からあったからです。遠い彼方の記憶なので、ちゃんと覚えていませんが、当時の経験からすると、もし今年9月の国連サミットでSDGsの中間レビューが行われるとしたら、今頃先輩からヒアリングをしていては遅いのではないかと思わないでもありません。それでも、当時のことを思い出しながらファブとSDGsについて改めて考察してみるのは、私にとってもいい経験になりました。

「ファブラボと国連SDGs」WGのまとめている樹形図を眺めてみると、どうやらこのWG、「ファブシティ・グローバルイニシアティブ」の加盟都市については、わざわざ個々のゴールを明記せずとも、SDGsには包括的に取り組んでいるとの前提に立っている節があります。

そもそも、「ファブシティ」が2014年のFAB10(バルセロナ)でローンチされた時、別にバルセロナの会場にいたわけじゃないですけど、私は、これって都市の持続可能性を高める取組みで、2015年の国連サミットへの打ち込みを想定したイニシアチブなのだとすぐに理解しました。今後2050年に向けて都市と農村の人口比率は逆転する見込みだから、都市アジェンダに「サステナビリティ」が組み込まれるのは、当然の流れでしょう。

「持続可能な都市」は、2013~15年当時、JICAを含めて日本の多くの公的機関や地方自治体、民間企業、研究者がSDGs策定プロセスの中で特に推していたアジェンダでした。しかし、それは、環境未来都市やスマートシティ、スマートグリッドといった、都市交通や電力消費の効率化、公共交通機関の利用を前提に組み立てる沿線開発といった、インフラ整備と密接に関連した都市開発への関心の方が強かったように思います。

日本では行政や企業主導だったこうした「持続可能な都市」アジェンダに対して、ファブシティはむしろ市民社会や住民個々人のライフスタイルの変革に対して訴えるものだったと私は思っています。都市のサステナビリティ強化に向けた取組みでは、日本の自治体にはけっこう注目するものがあるように思いますが、ファブシティに関しては、イニシアティブに参加を表明した日本の自治体といったら神奈川県鎌倉市しかありません。その鎌倉市も、平成30年度の「SDGs未来都市」に選ばれています。

先述した「ファブラボと国連SDGs」WGのまとめている樹形図を見ると、ファブシティの加盟都市がそもそも少なく、作業依頼に応じているファブラボの数が少ない日本は、ちょっともったいないように思います。還暦目前のオジサンが今さら「サステナビリティ」を騒ぐのも変で、自分は老後の生活をより持続可能なものにすることに心が向かっています。大きなアジェンダとの具体的行動のアラインメントは、若い世代の人びとに考えてもらえる方がよほどいいと思いますが、日本で「ファブシティ」を名乗る自治体がもっと出てくるよう、自分にもできることがないものか、考えたいと思います。


【参考リンク】

「ファブラボと国連SDGs」WGから送られてきたリンクを、参考までに掲載します。

(1)ファブラボ/メイカースペースをSDGsにどうアラインするか?
  (ファブマネージャー向けマニュアル)

(2)全世界のファブラボのSDGsプロファイル(樹形図)
  (2023年6月20日現在)

(3)fablabs.ioに掲載されているファブラボCSTのページ



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