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国際NGO「Field Ready」のトルコ・シリアでの活動から学ぶこと

「あなたのやっている仕事って、トルコ・シリアの大地震のような被災地でも活用できるんでしょ?」———毎週末に定期的にZoomで会話を交わしている東京の妻から、先週末こんなことを訊かれました。

典型的な文系人間だった私が、ここ数年のうちに急激にファブに傾倒していく姿を見守ってくれていた妻は、新聞やポッドキャストで時事ネタの収集に余念がなく、私の活動と関わりのありそうな領域での日本の報道を時々教えてくれます。これまでは、「君もだんだん、「こちら側」の人間になりつつあるね~」と笑いながら会話を交わしていました。

そんな妻も、私も、トルコ・シリア大地震の犠牲者が増え続けているとの報に接するたびに、心が痛む毎日です。今はブータンでJICAの技術協力プロジェクトの専門家としての業務専念義務があるから、自分の手で被災地でのファブの適用を実践するというわけにもいきません。でも、冒頭の質問を妻から投げかけられた時、私は、Field Ready(フィールド・レディ)のことを思い出しました。米国で設立登記された国際NGOで、2015年のネパール大地震の際も現地入りされていました。2018年にカトマンズの事務所を私が突撃訪問した際、応対して下さったベン・ブリトンさんは、試作中のレスキュー・エアバッグを見せてくれて、「これはシリアでの試作品をベースに、ネパールでも内製化を試みているものだ」と教えてくれました。

Field Readyは今、トルコ・シリア大地震の被災地で、どんな活動を行っているのだろうか―――。どうにも気になった私は、ちょっとネットで検索をしてみました。すると、検索したちょうど前日、Field Readyが最初の状況報告書(Situation Report)を公開したという報道が、UNOCHA(国連人道問題調整事務所)のHPに上がっているのを発見しました。


以下は、その報告書の抄訳です。翻訳にはwww.DeepL.com/Translator(無料版)を使用し、私の方で最後に編集しています。

1.状況報告

状況アップデート
トルコ南部とシリア北部を襲った一連の地震は、記録に残るところでは過去に例のないものである。この地震は、数十年にわたる内戦と厳しい冬によって、何百万人もの人々が強制避難を強いられた地域に影響を与えた。この災害により、2,400万人が影響を受け、少なくとも140万人が避難し、8万人以上が負傷し、少なくとも2万5千人が死亡した。

テュルキエでは推定で合計12,140棟が倒壊、または大きな被害を受け、ハタイ州のほとんどの地域が被害を受けた。ガジアンテプ、カフラマンマラなどの都市では、すべての建物が倒壊し、平地となってしまった。救助隊と生存者は瓦礫の下に埋まった人々の捜索を続けている。

トルコ南部では今後3カ月間、非常事態が宣言されている。対象地域は以下の通り。ガジアンテプ、カフラマンマラ、ハタイ、アディヤマン、ディヤルバキル、アダナ、オスマニエ、サンリュルファ、マラティヤ、及びキリス。シリア北西部では特にアレッポ県も大きな被害を受けた。主要道路が封鎖されたり通行不能になったりして、この地域に届けられるべき人道的支援に支障をきたしている。このことは、可能な限り援助をローカライズする必要性を物語っている。

Field Readyのチームと元スタッフは幸いにも無傷で、すぐに行動を開始することができた。

早期アセスメント(Rapid Assessment)
この一週間、Field Ready のスタッフは、被災した人々を確認し、パートナー(政府当局、他の救援団体、企業グルー プ)と会い、被災したコミュニティのニーズと対応能力のマッピングを行い、シリアとトルコの被災コミュニティ自身の対応能力を調査している。

我々のチームは膨大なニーズを特定しているが、同時に、適切なアプローチさえあれば、地域には、非常に大きな能力、才能、地域のリソースがあることも把握している。トルコとシリアのField ReadyプログラムリーダーであるEmad Nasherは次のように述べている。

シリア北西部の状況には緊急の注意が必要。この地震で被災した180万人以上のシリア人は、10年にわたる内戦の影響で、すでに入植地で悲惨な生活を送っていた。

突然の災害の発生により、毛布やヒーター、その他の非食料品で最も基本的な必需品が不足している。多くの倒壊があったため、保健システムはその能力を超えた機能拡張を強いられ、器具の交換、修理、補給が必要になる。これらはField Readyが得意とする活動である。このため、Field Ready の現地チームは、救命措置と同時に、被災した地域社会を強化するためのイノベーティブで持続可能な解決策を模索している。

早期対応(Rapid Response)
Field Readyは、被災地周辺の人たちを即座に救助し、支援を行った。これらの個々のストーリーは、他のプラットフォームでに共有される予定である。

約90人が破壊された地域からより安全な避難所に避難するための交通手段を支援した。今週は即時対応策として以下のような活動が実施された。

  • 毛布をはじめとする非食料品の配布

  • リフティング・エアバッグというレスキュー技術の製造再開

  • 心理社会的支援(遊びやその他の正常化活動)を受ける子どもたちのために、再生プラスチックを使った断熱テントの製作開始

これらの活動は、トルコのガジアンテプと、シリアのイドリブ、ジャンデリス、アザズで行われた。Emad Nasherは、「Field Readyは、非食料品、毛布、寒さを防ぐための一時的なシェルターの提供などで、彼らに直接的な支援を行った」と付け加えた。

支援活動の背景
過去7年間、Field Readyは地震の被災地でさまざまな救済および復興プロジェクトを実施してきた。この間、Field Readyは、ありがたいことに、シェルター、健康、捜索/救助におけるさまざまな問題に取り組む数多くのドナーから支援を受けてきた。

Field Readyのシリア北西部での活動には、レスキュー技術を現地で内製化するという画期的な成果も含まれる。この「レスキュー・エアバッグ」は、現地で回収されリサイクルされた材料から作られ、重い瓦礫を持ち上げ、倒壊した構造物の下に閉じ込められた人を助けることができる。Field Readyチームのメンバーは、シリア北西部のサルマダで建物の下敷きになった数人を救助するチームの一員として、このレスキュー・エアバッグを使用し、救出した。このイノベーティブなレスキュー技術により、何十人もの命が救われた。

凍てつくような気温の中で断熱材がなく、ほとんどが間に合わせのシェルターやテントで、自分たちの居住空間を暖めることができない。Field Readyは、プラスチック廃棄物から作られた断熱材でこれらのシェルターを断熱することにより、冬の寒さから人々を守り、夏の暑さから人々を解放する断熱パネル、床断熱タイルなどのイノベーティブな製品を開発し、状況改善に取り組んだ。

最近の活動では、医療支援物資に焦点を当て、米国国際開発庁(USAID)の支援する人道支援プロジェクト「Humanitarian Grand Challenge」の一環として資金を提供した。このプロジェクトでは、現地の市場では手に入らない医療用品の供与を行い、ヘルスケアの質を大幅に向上させた。

これまでに修理された医療機器の例としては、空気圧縮機、麻酔器、除細動器、人工呼吸器、ICUポンプ、遠心分離機、ネビュライザー、滅菌器、超音波装置、心電図、モニター、CTスキャナー、その他きわめて必要性が高い装置が挙げられる。Field Readyのイノベーティブなソリューションにより、医療機器の動作能力が向上した。

こうして医療機器の運用能力を向上させ、医療システムの質を強化し、トルコとシリアの数千人の命を救った。


2.長年にわたる現地人材育成の土台の上に

私がベンさんからシリアでのレスキュー・エアバッグの話を聴いたのは2018年で、シリアではそれ以前に何度も試作が繰り返されていました。Field Readyのこのレポートを読んだ時、彼らがシリアで長年にわたって行ってきた研究開発と、ローカル人材育成の取組みが、有事の際にこうして役に立っているのだということに、強い感銘を受けました。

シリアでの活動を詳細に承知しているわけではないですが、Field ReadyのHPの「シリア危機」のページでは、彼らのこれまでに行ってきた活動が、次のようにまとめられています。

シリアはこの10年間、武力紛争に苦しんでおり、間違いなく現代の人道的大惨事といえる。57万人以上が死亡している。約1,600万人のシリア人が人道支援を必要としている。現在、約760万人のシリア国内避難民と約600万人のシリア難民が近隣諸国にいる。多くの人が基本的な食料、シェルター、衣料を得るのに苦労している状況である。

Field Readyは、シリア国内の救命ニーズと、周辺国の十分なサービスを受けていないシリア難民のニーズに応じるために活動している。シリアにおける我々のパートナーは、国内で2つの工房のスタッフを務め、重要な問題に対して地元で作られた解決策を考え出すのに常に奔走している。

具体的な取組みとしては、長引く紛争で医療制度が崩壊したシリア北西部の医療が挙げられる。我々のパートナーは、この地域の何十万人もの人々にサービスを提供している50以上の病院とヘルスケアセンターを調査し、どのような重要な医療機器の修理が必要かを把握した。2020年夏、このチームは工房で修理できるものについては修理を開始し、2020年12月までに、COVID-19の症状に苦しむ患者の治療に必要なネビュライザー、心電図装置、人工呼吸器など、60点の重要な機器の修理を完了した。チームメンバーは、乳児用保温器、吸引装置、CT装置などの修理に必要なパーツも製作した。

インフラが崩壊し、爆撃やテロ攻撃が依然として脅威となっているシリアでは、建物の倒壊が深刻な問題になっている。現地で回収・リサイクルされた材料(使用済み自動車のエアバッグなど)から作られた救助用エアバッグは、重い瓦礫を持ち上げ、倒壊した建物の下敷きになった人を助け出すことができる。我々のデザインはうまく機能し、90%のコスト削減で国際規格に適合している。2017年3月にシリアの民間人を救出するのに初めて使用されたエアバッグは、現在までに100件以上の救助に使用されている。

私たちは、緊急の修理や新しい救助装置の製作に加えて、地域の人々が地域の問題に対する他の長期的な解決策を確立できるよう取り組んでいる。持続可能で信頼できる食料源を作るために、水耕栽培の農業機器と方法を使用するグループを訓練し、通信機器の再建を支援し、地域の再開発に拍車をかけるために対応可能なシェルター資材の配布を支援している。

https://www.fieldready.org/syria

この記事からわかることは、第一に、Field Readyはシリア国内のファブ施設2カ所を現地パートナーとして協働しているということ、第二にこのファブ施設を拠点に、自然災害・人的災害の現場で必要とされるものにターゲットを絞り、現地の人材を活用して、長年研究開発を行ってきたこと、第三に、現場にあるリソースを徹底的に生かしていること、などです。大災害が起きてから緊急支援で現地に入る以前から、現地のパートナーによる研究開発を技術的に支援してきたのです。


3.ODAとの親和性が高い領域…のはず

自分の今滞在している国や地域では、このような大災害が発生すると、一体どうなるのだろうかと考えることがあります。ブータンでもし首都直下型の大地震が起きた場合、国際社会は救援チームの派遣や救援物資の輸送をすぐに検討するでしょうが、国際空港のあるパロ谷の複雑な地形を考えると、手慣れた操縦士でないと、そうそう容易にはパロ空港への離着陸ができません。それ以前の課題として、空港から首都まで谷あいの道路を車で移動するのに1時間を要しますが、この道路が土砂崩れなどで寸断されたら、陸路での物資輸送も難航するでしょう。

国際救援チームや救援物資の到着は、ブータンの場合、他国でのケース以上に時間がかかると考えておいた方がよさそうです。その間、救援活動は地元の人々の手によってなんとか進められなければなりません。Field Readyのシリアでの活動から学ぶべきポイントの1つは、現地のファブ施設―――といっても、ブータンの場合は国内にすでに6つあるファブラボがその役割候補の筆頭なわけですが―――が、有事に備えて被災地で必要となりそうなものを特定し、それをなるべく現地で入手可能な原材料で作るという研究開発に、ふだんから取り組んでいることだと私は思います。

Field Readyが2015年のネパール大地震の際に被災地で行ったといわれる活動を参考にして、私は、ファブラボCSTで行っている3Dプリンターの初心者向け操作入門では、以前ネパールで活動されていたField Readyのスタッフ、アビィ・ブッシュさんがThingiverseに上げておられるデザインをダウンロードして、受講者にその場で出力してもらうという取組みをはじめてみました。

また、今月から週1回、「Friday Evening 3D Modeling Exercise」と称して、3Dモデリング1,000本ノックをはじめたところです。金曜夕方の開催で、一応一般利用者さんも参加可能としていますけど、今のところはCSTの学生が参加するぐらいに留まっています。ここでもいずれ、被災地で必要となりそうなものの写真イメージから、30分以内にデザインを完成させるような演習もとり入れていきたいと考えています。

ドローン用のプロペラのデザインのようなところから、演習をはじめています

でも、実際にこれをはじめてみるとすぐ、私1人の知恵ではなんともならない限界というのにも直面します。私自身が被災地での救援活動に従事した経験がないため、被災地で何が必要となるのかというケースが、私1人では集められないのです。大災害を経験したことがないブータンのカウンターパートと頭をひねったところで、やはりほとんどアイデアが出てきません。

ケースの収集は、もっとシステマチックに行う必要があると思います。国際救援活動に携わったご経験がある方々から、被災地に入って何に困ったのかを聴き取り、その中から、3Dモデリングで対応できるものはモデリングの演習、あるいは現地のファブ施設を活用したら作れそうなものについては、実際に試作をやってみる演習を取り込めたら、平時でも有事でも役立つ現地人材のスキルアップの機会になりそうです。

どうせなら、国際緊急援助隊の事務局を持っているJICAが、国内のファブラボと組んで、上で述べたような研究開発を、日本で主導してくれないものかと思います。国別援助アプローチに安易に落とし込まず、被災地で求められるファブのスキルを体系化し、かつ一部のニーズについては研究開発も進めてみて、その製作プロセスをドキュメント化し、データと合わせて公開してくれたら、私たちのように現場に近いところにいる人間にとっては大きな力になります。

そして何よりも、自然災害・人的災害の発生確率が高い地域のファブ施設とのネットワークの構築も必要です。私が常々主張している通り、JICAの現地事務所が現地のファブラボと関係構築するのはもちろんのことですが、国際緊急援助隊の事務局と日本国内のファブラボによる研究開発コンソーシアムが、現地のファブ施設と有事の際にすぐにつながれるようにはならないものでしょうか。そうすれば、現場のファブ施設の知見だけでは作り得ないものを、日本からの助言やデータ作りの後方支援で補完していくことができるようになります。

トルコ・シリア大地震では、国際社会による救援活動には大きな焦点が当たり、現地で活動して下さっている方々のご活動には、非常に頭が下がる思いがします。その一方で、こういう巨大災害が発生すると、私たちはその国や地域でそれまで何をやってきていたのかも問われているように思えます。今は大災害に襲われていないからといって、備えをしなくてもいいということにはなりません。特に、現地でデジタルファブリケーションの普及に取り組んでいる身としては、災害対応の要素については常に念頭に置いて活動を組み立てる必要があると改めて痛感しています。

現地で実施されている個々のプロジェクトの中で、我々の肩幅の中でやるべきことについては当然、これまで以上に取り組んでいくつもりです。Field Readyの事業では、災害対応とファブは見事につながっています。しかし、日本の開発協力では、災害対応は災害対応、ファブはファブで組織が縦割りになっていて、接点がうまく作れていません。さらに言えば、ほぼ何でも現地で作るというファブのクロスセクター性が、組織の縦割りに遭ってそれ自体が受け入れられているとは思えない現状もあります。現地で孤軍奮闘している身としては、この災害対応とファブをつなぐ組織的な取組みが、追加で求められているような気がしてなりません。

最後まで閲覧下さり、ありがとうございました!


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