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小規模零細産業・フード博覧会(CSI フェア)での気付き

12月17日の建国記念日を前に、ブータンの首都ティンプーでは、建国記念日を祝うさまざまな行事がはじまっています。ファブの観点で言えば、12月9日までの1週間、ティンプー南部のITパーク内にあるJigme Namgyel Wangchuk Super Fab Lab(JNWSFL、以下スーパーファブラボ)では、一般客来訪を受け入れ、見学会を実施したそうです。そして、この見学会開催期間が終わるとともに、今度は、10日から市内センテナリーパークを会場にはじまった「小規模零細産業・フード博覧会(Cottage and Small Industry and Food Fair)」(通称、CSIフェア)に出店することになりました。

このCSIフェアについては、私も首都に上京してきていて初日に覗く機会があったので、デジタルファブリケーションとはあまり関係のない物産についての気付きも含めて、SSブログ「サンチャイ☆ブログ」の方でレポートしました。ただ、こと小規模零細産業とファブとの関連付けに関しては、まだ書き足りないところもあります。本日は、noteでも少し紙面をさいて、論じてみたいと思います。


1.ファブそのものを売りにする出店者

デジタルファブリケーションのサービスそのものを売りにしていた出店者は、①Dumba 3D Worksと②Leaf Creative Solutionsの2社です。

Dumba 3D Worksの方は、ブータンのファブの先駆けと言ってもいい老舗企業です。2017年7月にファブラボブータンが開所した当初は、それ以前からDumba 3D Worksで働いていた若者たちをファブラボのコアユーザーグループとして取り込んで、特にレーザー加工機の操作に関する利用者への助言は、ここの創業者のビシュヌ・シャルマ君が担っていました。

ビシュヌ君は、インド・オディシャ州南部ラヤガダ県にあるガンディー科学技術大学(Gandhi Institute of Science and Technology、GIST)で電気通信を学んだ後、帰国してすぐ、親のすすめもあって、チャンザムト地区に経済省が作ったビジネスサポートセンターに入居を決めました。当時武器にしていたのは、彼が自作した大型CNCと3Dプリント/レーザー加工兼用加工機。ビシュヌ君はこれらを駆使して、それまでブータンにはなかった新たなものづくりの姿を提示しはじめていたところでした。

中心にいるがのビシュヌ君。協働で創業した友人は、いずれも今ファブを仕事にしている
自作の大型CNC
自作のレーザー加工機
レーザー加工機を使ったサンプル
レーザー加工で3D模型も作っていた

ビシュヌ君は、当時すでに自身で起業していたため、業況拡大していくにつれてファブラボブータンに足を運ぶ頻度は下がっていきました。ファブラボのレーザー加工機も、他のスタッフや初期の利用者が操作経験を積んでいったので、ビシュヌ君が見ている必要も減っていきました。

彼はさらに事業拡大するため、銀行融資を受けて中国製の大型CNCを2台導入しました。事業の重点も、合板やMDF板を使った小物作りから、利幅の大きい看板(サイネージ)の受注へとシフトさせ、今日に至っています。(当時彼が一緒に仕事していた仲間のうち、1人は2019年に小物レーザー加工品の大口受注を主力とする別の事業を立ち上げ、ティンプー北部のタバ地区で「Show-Co」というショールーム兼工房を運営しています。)

残念ながら、今回は会場でビシュヌ君に会うことはできませんでした。朝、会場設営の様子を確認するために一瞬来ていたそうですが、タッチの差ですれ違ったようです。でも、その時に刷り上がったばかりのパンフレットを置いて行ってくれました。それを見ると、なんとUVプリンターが書かれている!

Dumba 3D Worksのできたてのパンフレット
UVプリンターがあれば、レーザー加工機でカットした小物にカラーの画像印刷をすることが可能

UVプリンターは、ファブラボの標準装備機材には含まれていませんし、高額なわりにブータン国内での修理が難しいので、導入には躊躇する機械です。また、アクリル板や、キーチェーンのような金属製の小物はまだブータンでは入手が困難です。ファブラボCSTでレーザー加工機の説明をしていても、「カラーは出せないのか」という質問はよく受けました。

もうちょっとファブのすそ野が拡大していって、需要がある程度見込めるようになれば、どこかの事業主が導入検討しないかなと私は思っていました。ビシュヌ君がすでに導入に踏み切ったというのは、私的には結構大きなニュースでした。

一方、Leaf Creative Solutionsの方は、今年8月に市内チャンザムト地区にある経済省のスタートアップセンターに入居したばかりという、生まれて間もないスタートアップです。教育玩具の3Dプリントを売りにしているようで、CrealityのEnderを使用していました。10月にファブラボCSTでメイカソンを開催した際、優勝したチームのアイデアは3Dプリンターで作った知育玩具だったことを思い出させられます。

ティンプーやプンツォリンには、3Dプリントの受注印刷を事業としているスタートアップが私の知る限りでそれぞれ1社ありますが、Leaf Creative Solutionsも、受注印刷は受けるとのことでした。

これはティンプー在住者にとっては朗報といえるでしょう。ファブラボCSTからは、ティンプーは距離が離れて過ぎていますが、もし私たちがティンプーで何らかの企画を考える時に、彼らにそれなりの報酬をお支払いして、3Dプリンターの利用で協力してもらうような関係は作れるかもしれません。

また、ひときわ私の目を引いたのはそこに展示テーブルに鎮座したカラフルなフィラメント群でした。どこから調達しているのかと尋ねたところ、「インドまで陸路でわざわざでかけ、購入してくる」のだと彼らは言っていました。

「でも、ジャイガオンのアマゾン・インディアのドロップオフセンターは、今はまだ利用できないんでしょ?」とさらに質問すると、「いや、国境から200キロぐらい離れたところに扱っている業者がいるんです」と彼らは答えました。この調達先は私も知りませんでした。もうちょっと調べてみる必要がありそうです。彼らはプンツォリン経由でインドへ買出しに行っているとのことなので、それに私たちも便乗できたら大きいですね。

ファブラボCSTにとっても、ブータンでフィラメントをどう調達するかは依然として大きな課題です。最近、Medheyというショッピングサービスアプリが操業開始し、アマゾン・インディアの扱い品目のブータン国内への輸入と配送を、手数料を取って行うというサービスがはじまっています。しかし、アプリに不具合があって、私の場合はまだ注文には成功していません。

Leaf Creative Solutionsを創業した若手企業家

2.他の物産出店者とファブの関係構築

CSIフェアは、日本で言えば東京ビッグサイトや有楽町の東京国際フォーラム、幕張メッセ、池袋サンシャインシティあたりで行われている見本市や商談会の屋外版だとイメージすればいいでしょう。そうすると、外部からの来店者に対する商品アピールだけではなく、出店者同士のコミュニケーションの中から、次のコラボレーションのタネが見出されることも求められます。

SSブログの方でも言及した通り、私が今回CSIフェア会場に出かけたのは、障害者職業訓練学校「ダクツォ」に派遣されている手工芸の協力隊員を、出店していたある女性企業家に紹介するのが目的でした。この協力隊員とは、手工芸品の試作段階でのデジタル工作機械の活用について相談を受け、いろいろな対応策を私の方で検討している関係です。

紹介したかった相手は、チュカ県ゲドゥで縫製研修センターを運営している女性若手企業家でした。この女性企業家とは、ファブラボCSTが縫製関係のワークショップを行ったりする際にはインストラクターとしてご協力いただけることになっていて、彼女がインストラクターでデジタルミシンやロックミシンの操作を教えてくれる代わりに、私たちもデジタル刺繍ミシンの使用で彼女に便宜を図るというバーター取引を考えています。

プンツォリンとゲドゥの間、さらにファブラボCSTとJICA海外協力隊との連携の検討をすでにはじめている私たちにとっては、やはり、ファブと直接的な関係のなさそうな物産出店者との間に、どのようなつながりが作れるのかが大きな関心事項になります。

ざっと出展されている物産を見渡してみても、いちばん多いのは加工食品、さらには衣料品・手工芸品が目立ちます。食品加工のような設備投資を伴う起業の場合、インドや中国から機械を購入する際の資金は、ブータンの場合は全額銀行融資(多少小規模零細産業局からのグラントもあるかもしれませんが)ということが多いです。操業開始からそれほど時間が経過していなければ、機械の不具合も少ないでしょう。

でも、これらの出店者に訊いてみると、不具合が起こった時のスペアパーツの入手については不安だとの声が少なからず聴かれました。これは、11月30日にファブラボCSTで開かれたブータン工業会(ABI)会員企業向けオリエンテーションでも出席者から指摘されたことです。ギアの複製がその場でできれば、摩耗してギアが使えなくて、インドからスペアパーツが届くのを待たずに交換ができるので、ギアの複製が欲しいとの声が上がりました。

衣料品や手工芸品に付けるブランドタグも、多くの場合はインドからの輸入で、しかも刺繍の出来が悪いと嘆く出店者もいました。ドライフルーツやチップス類はビニール包装されていて、ラベリングもひと昔前に比べればずいぶんと洗練されてきた気がしますが、単に必要情報だけをテキストデータとして列挙した、シンプルなシールを使っている出店者もいました。

小規模零細企業がかゆいところに手が届くようなファブというのは、きっとティンプーならプンツォリン以上にダイナミックにできることと思います。上記1で挙げた2社が、自社の出店をケアするだけではなく、周辺の出店者を見渡して、自社のサービスの有用性やそのサービスが他社のプロダクトや生産ラインにどのようにフィットするのかを語ってあげられたら、CSIフェアは面白い場になるに違いありません。

CSIフェアに出店してみて、どのような成果が得られたのか、ゲドゥの女性企業家の評価をいずれ訊いてみたいものです。


3.問われるスーパーファブラボの役割

このような出店者のニーズに対して、いちばん近い場所にあるファブ施設は、スーパーファブラボでしょう。CSIフェアのような交流のプラットフォームがせっかくあるのだから、スーパーファブラボは出店者に積極的に関わり、彼らの持つ施設が、小規模零細企業のプロダクト開発や生産ラインの改善にどのように役立てるのか提案し、小さくても着実な事例を積み重ねて、その有用性を世にアピールし続ける必要があります。スーパーファブラボもCSIフェアに出店している以上、そういう営業活動はできるはず。実際それをやって今後につなげるのかどうか、注意して見ていたいです。

ただ、このところのスーパーファブラボの動向を見ていて、ちょっと不安を感じるところもあります。

冒頭ご紹介した通り、スーパーファブラボはこれまで1週間見学者の受入対応を行い、それが終わるとCSIフェアに出店を求められました。さらに政府から4つの重要課題についてソリューションの研究開発を求められ、一方で2023年1月下旬からはじまるファブアカデミーのブータン国内ハブも務める予定で、その前提としてのプリファブアカデミーも12月5日から30日まで主催することになっています。加えて、本来なら来年夏の第18回世界ファブラボ会議(FAB18)のブータン開催の準備も主導せねばなりません。はっきり言って忙しすぎです。

これは、2017年にファブラボブータンができた直後にも見られた光景です。ティンプーにある以上、時の政権に利用されるのはある程度仕方ないことであります。ファブラボCSTにいて、そこまでの政治的プレッシャーは感じたことがないので、私も同情するところがあります。

ただ、それ以上に注意しなければならないのは、彼らのファブラボのプレゼンの仕方が、ロボットやドローン、AI、ブロックチェーン、電気自動車などに相当偏っていることです。スーパーファブラボが「機械を作る機械」を作ることをめざしている以上、彼らのプレゼンが産業界のニーズにハイレベルに応えていくという方向に偏るのはしょうがない。しかし、彼らがそれを一般化して、すべての「ファブラボ」がそういう位置付けであるかのごとく語ることは、ちょっと違うのではないかと思うのです。

私たちがめざすのは「テクノロジーをブラックボックス化しない」「テクノロジーを大衆化する」ことだと思っています。しかし、スーパーファブラボが「ファブラボ」という言葉で表現するものは、むしろ、ハイテク部分の強調であって、ブラックボックス化をかえって助長しているように思えます。

確かに、見学者の受入れも行い、「私たちはオープンです。いつでも利用しに来て下さい」と説明はされます。でも、そのわりには見学者は再訪しません。そもそも設備が高スペックなので、部外者からすると利用にあたっての心理的なハードルが高すぎるのです。父兄も引率の教員も、「子どもたちには学ばせたいけれど、自分には何が何だかちんぷんかんぷんで…」という感想になります。

ファブラボCSTでも、教員や学生が3Dプリンターを説明しているのを聴くと、ややもすると機械の細かいメカニズムのマニアックな説明にまで踏み込んでいて、聴かされる方はドン引きするのではないかと危惧するシーンにたびたび遭遇します。ややもすると、「使ってみて下さい、簡単です」というのと真逆のことを言っていたりします。

スーパーファブラボは設備が立派なので、そこで働いている人のプライドは非常に高いものがあります。スーパーファブラボの果たすべき役割が若いエンジニアが働きたいと憧れを抱ける場所であり続けることだというのに異論はありません。

でも、あまりにエリート感、スペシャル感を出しすぎると、訊きたくても訊けない、直面する問題に慣れてしまってもはや問題と感じなくなってしまっている潜在的な受益者の実在を見すごし、テクノロジーの大衆化のチャンスを逸してしまうのではないかと気になります。実際に、「敷居が高すぎる」との声はチラホラ聴きます。「ファブラボは、一部のよく知っている専門スタッフが行くところだ」との誤解を与えかねない状況に思えます。

しかし、人口77万人の小国であるブータンが、テクノロジーを一部のエリートだけのブラックボックスに詰め込んでいて、よいわけがありません。一人ひとりのスキルを上げ、誰も取り残さないことが他国以上に強く求められる内陸小国において、スーパーファブラボは、大衆のところに自ら出向いて、市民や小規模零細企業が感じている小さな不便について気づきを促し、自身の手で解消する取組みを支援することが求められるのではないでしょうか。

最後までご覧いただき、ありがとうございました!


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