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「客席」

寄席の会場には出囃子が流れていて、客席ではたくさんのお客さんが次の落語家の登場を待っています。
僕は舞台袖から見切れないように客席を覗いてみます。
「あれ、今日は珍しく若くて可愛い子が多いなあ」
「あの後ろの方に座ってるの広瀬すずちゃうか」
「うわ、阪神の岡田監督や。今日は試合ないんかな」
などと、客席を一通り見渡します。
そして、自分の出番がくるまでゆっくりするか、と楽屋へ戻ります。
一息ついて、モニターを見ると、舞台上には誰もいません。
紫色の座布団だけがぽつんと置かれています。
どうしたんやろう。
場内には、三味線に太鼓の音だけが鳴り響いていて、その同じ出囃子が延々とループされています。
この異常に長い出囃子に客席はざわつき始めます。
そこで僕は気づきます。
「ああ、次は自分の出番だ」
そこから急いで着物に着替えようとしますが、急いでいるからか、いつものように着物を着ることができません。
帯の締め方もなぜか忘れてしまっているようです。
「うわあ、なんで会場にはいるのにとちってしまうんだ……しまうんだ……うんだ……うんだ……(エコー)」

目を覚ますと寝汗びっしょり。
これは落語家であれば、誰もが一度は(いや、何度も)見たことがあるといわれる夢です。
あの大御所落語家の師匠も見たことがあるに違いありません。

この夢を見る理由は、誰もが潜在的に抱いている舞台への恐怖からくるものだと思われます。

でも、僕はシンプルに思います。
「いや、こんな状況ありえへんやろ!」
なんで、自分の出番に気づいてないねん。
なんで、帯の締め方忘れんねん。

こんなリアリティのない夢で寝汗をかくのははっきりいって嫌です。
どうせなら、もっとリアリティのある怖い夢で寝汗をかきたいです。
(寝汗をかくのはいいんかい……)

ということで、落語家にとって、これから本当に起こり得る「夢で見たら」もっと怖い寄席の状況をちょっと考えてみました。

客席にお客さんが一人もいない。
これは全然怖くないですね。
経験したことあるし。
公演中止で終わりです。
まあ、スタッフさんや関係者の皆さんの目が怖いときはありますが。

客席にお客さんが数人しかいない。
一人でもお客さんがいたら、公演はやらなければなりませんね。
あ、こっちの方が全然あるわ。
なんか、自虐みたいになってきました。

変えましょう。

客席に座っているのが全員芸人。
これは嫌ですね。
すごい師匠方が並んでいたり。
後輩が前の方で愛想笑い的な顔をしていたり。
何のために? どういう状況?
でも、その意味がわからない状況が夢です。
寝汗もかきそうです。
ただ、リアリティがないのか。

じゃあ、
客席が全員外国人観光客。
え、めちゃくちゃ怖いかもしれません。
しかも、いつか本当に起こりそう。
コロナが完全に終息したとは言えませんが、大阪には海外からの観光客が戻りつつあります。
観光スポットに行くと、日本人がほとんどいなくて、ほぼ外国人の観光客であるということが実際にあります。
ある日、繁昌亭にツアー会社から団体貸切公演の予約がきます。
当日になってみると、そのツアー客というのは全員が海外からの観光客ということが分かります。
今から英語落語ができる落語家を集めるのは無理だとなります。
頼みの綱はマジックのミスター・スキンさんだけ。
そして、この日、トップで出番をもらっていたのは英語をほぼ喋ることができない桂三河くん(36)。
出囃子が鳴り、幕が上がると、外国人観光客の皆さんが客席で目を輝かせています。
そして、舞台に着物を着た桂三河くんが登場すると、驚くほどの拍手に歓声がおこり、いろんなところからピーピーという口ホイッスルみたいなやつも聞こえてきます。
座布団に座り頭を下げ、喋り出す桂三河くん。
「アー、センキュー、マイネーム、イズ、サンガカツラ……」
「アーン、アイム、ジャパニーズ……」
「アーン、ルックアットマイヘッド……」
やばい、喋れないから、頭のハゲかけで笑いを取ろうとしてしまっている。
ルッキズムの時代に大丈夫か……。
海外のお客さんは笑うのか……。
あ、しかも、この後のミスター・スキンさんのネタについてしまう……。

これを夢で見たら寝汗びっしょりになりそうです。

でも、本当にいつかこんな状況が起こり得るかもしれません。

こんなことしてないで英語の勉強をしよう。

グッバーイ!



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