蛇革の財布

蛇革の
ガラガラとした
少し乾燥した
横長な

古い財布が

むかし
家にあって

それは
うちの インテリアに
全然 似合ってなくて

とても孤独で

だけど わたしが
気がついたときには

もう うちに在って

お母さんは

お家のお金を入れておく大切なお財布やから秘密やで、と言って

取っておきの 隠し場所に
いつも 隠していた

蛇なんよ、と言って 触らせてもらえなかった

蛇が怖かったから
触りたくなかったけど

少し 触ってみたかった

ざらざらとしてた見た目
触っても ざらざらとしてたんだろうか

それが知りたかった

蛇だから
秘密だったのに

ある時

お友達の ゆうちゃんと かくれんぼしてるとき

うちの蛇革の
お財布の在りかを

とっても言いたくなって
打ち明けた

お金が たくさん入っているから
お父さんが会社でもらってきた
お給料が 入ってるから
秘密の場所に置いてるの

ゆうちゃんは
そうなの、と 言っただけだった

あのお財布
まだ在る?

と 先日
母に問うと

母は しばらく考えて
もう 無いわ 、と 言った

もう 30年以上経っているから 無い、と 言った

お家のお金を入れておく大切なお財布だったのに

母は
ボロボロに 穴が開いたから
いつだったか
思い出せないほど昔に ほかしたわ、と

笑って言った

柄の悪いお財布やったよなあ、と言った

だって ガラガラ蛇やったし、とすこし笑って言った

お父さんとね、新婚旅行に行った時 買ったんよ、ほら メキシコで、と 言った

観光バスの窓越しに

紙でつくった 造花と

ぎらぎらとした
ガラガラ蛇の
いやらしい柄の
長財布を

一生懸命に

ヘビ革が全く不釣り合いな
小さな小さな手を
ぎりぎりのところまで 伸ばして

売りにくる 小さなおさげの女の子から 買ったんよ、と 言った

もう ボロボロになったから 捨てた
捨てた時の記憶は もう無いわ、と

母は 事なさげに言った

特別な人ではない

雑踏に紛れたら
雑踏そのものになってしまう

普通のわたしの母の 記憶は

財布は

普通に 捨てられる

世界は こうやって
つつがなく
まわりつづけている

今日を 生きて
明日を 生きて

お家のお金が入っている大切なお財布は

黄色くて ふくろうのマークがついている 長財布になって

あの頃とは 違う顔が印刷された一万円札が
少しだけ入って

今日も秘密の場所に隠されている

もう わたしの お家ではなくなってしまったお家の
秘密の場所に 隠されている


#詩 #詩作#詩を書く#ポエム

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