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旅のスケッチ 千住大橋とお稲荷さん

旅先でスケッチをするようになったのはいつの頃からだろう。

旅スケッチをするようになったのは、せっかく訪れた空間を記録しておきたいと思ったから。写真とは違って、少なくとも絵を描いている間はその場にいて、観察をすることになるので、一瞬を切り取る写真と違って時間経過が絵の中に描きこまれるのがよいと、当時の先生が言っていたのを聞いて始めたような気がする。私は美大で環境デザインを学ぶ学生だった。記憶力に全く自信がない私が、場を記憶にしっかり刻み込ませる手段として、スケッチをするようになったのだと思う。

という訳でいつも旅先では絵はがきサイズの紙にスケッチしていた。ある場所で、ある時私が記録したその場所の数十分について。たいしたことが描けるわけでもないのだけれど、私が好きだと思った風景をコレクションのようにためていくのが楽しくて続けていた。今に至るまで、間をあけながらも絵はがきスケッチは続けているので、まとめていけば私がどのように風景を見てきたかを見つめ直すことができるかもしれない。

という訳で、まずはかなり前に描いたスケッチから。
スケッチをしはじめた頃の休日にサイクリングして回ったあたりで描いたもの。

千住大橋
千住大橋

当時の私は、橋が好きで、土木構造物が好きで、地図に残る仕事がしたくて建設コンサルタントに就職した。当時はスペインの構造家、サンチアゴ・カラトラヴァのような最先端の橋梁デザインがかっこいいとあこがれていたけれど、一方で古い橋も好きだった。

特に好きだったのがリベット打ちされた鉄橋で、見つけるとよく写真を撮っていた。リベットというのは、頭の丸い太いくぎのようなもので、これを打って金属を変形させて部材を固定してあるのだけれど、その丸い頭が一面にぽつぽつ出ている橋が大好きだった。東京にはリベット打ちが施された古い橋がけっこう残っている。この千住大橋はそのリベットが全面に施されていて、迫力に圧倒された。

なんでそんなにリベット打ちに惹かれるのかよく考えたことはなかったけれど、ひとつひとつ打ってある手技が見えることで、手仕事の温もりというか、あたたかみを感じられるところが、感覚に訴えるのだと思う。千住大橋は、昭和2年竣工。リベット打ちは危険な作業を伴うこともあって、溶接技術が発達するとだんだん使われることはなくなっていくのだけれど、その後につくられた溶接で作られた橋はやはり、のっぺりしていて物足りない気がする。

綾瀬神社
綾瀬稲荷

同じ頃に描いたのが、その頃住んでいた借り上げ社宅のそばにあった綾瀬稲荷。休日となると荒川の土手をサイクリングして下町の銭湯めぐりをしていた。いつもは風景だけを描くことが多かったのだけれど、ちょうどその絵の中に小さな子どもが入り込んで来たのでスケッチの中に入れてみたら、なんだか絵が物語に見える。そうか、風景は人が主役だ!と改めて気づいた。そんな頃のスケッチ。やっぱりこの頃から古い場所が好きだった。この子は今、いくつくらいになっているだろう。どんな暮らしをしているだろう。

そういえば、あの頃一番好きだったのは、小菅の拘置所の裏にとりのこされたようにあった銭湯とその斜向かいにあった駄菓子屋。放課後の子どもたちが駄菓子屋に集い、狭い十字路で縄跳びしたりして遊んでいる。お年寄りは明るいうちから銭湯がはじまると同時に風呂を浴びに来る。暗くなると、近所の親子が来たり、常連さんが話しながら長風呂していたり、駄菓子屋は確か、案外遅い時間まで開いていたような気がする。地元に住む人たちのあいさつが行き交う、あたたかい場所。

とりのこされたような路地が奇跡的にある姿にほれぼれとしながら通っていたものだけれど、さすがに拘置所も建て替えられたし、もうないだろうなとGoogle マップで探してみたら、なんと銭湯「草津湯」は健在の様子。さすがに駄菓子屋の方は現役ではないようなものの、建物はまだそのまま残っているようなのに感激した。昔ながらの銭湯好きにはたまらない唐破風のついた建物と、あったかいお風呂。いつの時代も変わらないであろう人々の営みに会いに、ぜひ、銭湯が現役のうちに訪れないと。

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