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愛の歌を聴いた人

家族の物語

「Code あいのうた」を観た。今年のオスカーの有力候補だという本作は、サンダンス映画祭でも史上最多の4冠を獲得している。原作は2014年のフランス映画「エール!」。聴覚障害を持つ家族の中で生まれ育った健聴者の少女が、歌手になる夢を家族に理解してもらおうと奮闘する姿を描いた映画だ。

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今回も基本的な設定は同じ。しかし舞台をアメリカに移し、家族は漁業を営んでいる。主人公のルビーは高校生だが、学校の前には船に乗り、家族の漁を手伝っている。健聴者のルビーがいなければ、船は出航できない。彼女は家族にとって、外の世界との通訳にして大黒柱なのだ。

秀逸な設定

17歳の子どもにそんな役割を担わせるのは酷だ。今で言えば、「ヤングケアラー」ということになってしまうのだが、彼女はそれを鬱陶しく思いつつも誇らしくも思っている。健聴者によってデザインされた世界で、聴覚障害をもつ家族が生き延びる術は限られている。健聴者として生まれた娘を家族の通訳としておくことは、家族が家族として当たり前に生きていく唯一の術なのだ。彼女もそのことに依存し、家族も依存している。互いの依存関係が映画を豊かに、そしてややこしくしていく。

ある演出

聴覚障害の人たちの世界には当然だが、音がない。そして映画もまた動きの芸術だ。だから、そのふたつはとても相性がいい。家族の手話のやりとりはストレスなく理解できる。会話が進んでいく。中でも秀一なのが、作中のあるシーン。家族と少女が心を通わす、ある分岐点なのだが、そこで音を使った実験演出がある。家族の立場と少女の立場。袋小路に入った二つのピュアな感情を、観客は両方味わうことができる。

歌声の勝利

これまで書いてきたように、秀逸な設定や見事な演出がこの映画の見どころなのだが、結局は、主演の女の子の歌声に尽きる。彼女の透明でのびやかな声。ジョニ・ミッチェルを歌うその歌声に全て納得させられてしまう。これだけでも聴く価値のある映画だった。



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