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春の味覚と福島第一原発事故(その2)

前回の記事(春の味覚と福島第一原発事故(その1))では、
福島第一原発事故の影響により、
野生の山菜のうち、たけのこ、コシアブラ、わらび、ぜんまい、タラノメなどが多くの県で出荷規制がかかっていること。
また、野生のコシアブラ新芽の放射性セシウム濃度は他の山菜に比べ10-100倍高いこと、を書きました。

出荷規制と書くと、「商業上の流通だから自分には関係ないよ!」
「そもそも野生の山菜なんか食べたことがないよ!」
と思う方もいるかもしれません。
特に都会に住んでいる方はそう思うかもしれませんね。
私も山菜といえばわらび、ぜんまいやタケノコしか食べたことがありませんでした。
しかし、里山に暮らす人々は様々な山菜を食べてきました。

そして季節物の山菜やキノコなどは、
(1)レジャーとしてこれらを取りに山を散策する「レジャー」としての楽しみ
(2)収穫したものを食べる「」としての楽しみ
(3)たくさん取れた場合にはご近所へのおすそ分けをして「コミュニケーション」の手段
(4)季節の移り変わりをこれらの採取活動を通じて感じとる「文化的側面
などの役割を担っています。

これらが原発事故から11年経過しても
失われたままになっています。

山菜の人工栽培の現状

山菜が食べたいのであれば「栽培してはどう?」。一理あります。
そんな声もあり山菜は特用林産物として人の手による栽培(人工栽培)が行われています。
道の駅などでタラノメなどの山菜が売られているのを見た方もいるのではないでしょうか?その多くは人工栽培のものです。

道の駅で購入したタラノメ(人工栽培)

天然の山菜は安定した収穫が困難なことから、タラノメやふきでは人工栽培による収穫量が天然のものよりも多くなっています(下図)。

タラノメの生産量の推移
棒グラフの縦軸は生産量(トン)。青は人工の、橙は天然の生産量を表す。
特用林産物生産統計調査(農水省)より作成

ではコシアブラはどうでしょうか?
コシアブラは主に天然のものが生産されています(下図)。
コシアブラの人工栽培が進まないのは、タラノメの比べ市場が小さい(儲からない?)ことや、根に細根が少なく、畑などに苗木を移植しても活着率が良くない、などが原因として考えられます。

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コシアブラの生産量の推移
棒グラフの縦軸は生産量(トン)。青は人工の、橙は天然の生産量を表す。
特用林産物生産統計調査(農水省)より作成

この生産量のデータから一つの見方ができます。
すなわちタラノメは人工栽培が天然産よりも多いため、比較的簡単に手に入れることができますが、コシアブラは天然物が食べられないとなると、入手が難しくなるということです。

特用林産物生産統計調査(農水省)よると、東北地方(青森県、岩手県、秋田県、宮城県、山形県、福島県)における2010年(原発事故前)のコシアブラ生産量は6.3トンで、これは全国の約60%を占めていました。
しかし、2020年(原発事故後)の生産量は2.1トンにまで落ち込み、シェアも全国の約18%になりました。
特に福島県での生産量は2010年の2.8トンが2020年にはゼロとなり、事故の影響を強く受けていることが伺えます。
これはコシアブラが他の山菜に比べて放射性セシウムを蓄積しやすいことが原因になります。

前置きが長くなりましたが本題に入ります。
では何故コシアブラは他の山菜に比べて放射性セシウムを蓄積しやすいのでしょうか?

これには以下のようにいくつかの説があります。

(1) コシアブラと共生関係にある菌類が放射性セシウムを吸収しやすくしている
(2) コシアブラは他の植物に比べて根から放射性セシウムを吸収する能力が高い
(3) コシアブラは根を浅く張るため、放射性セシウムを吸収しやすい。
(4) 上記のいくつか(全て?)が複合的に作用して放射性セシウムを蓄積しやすい。

では、その詳しい内容を一つ一つ見て行きましょう。

コシアブラの根の内部に共生する菌類が放射性セシウムを吸収しやすくしている?

コシアブラは土壌中のマンガン(Mn)を特異的に吸収し、葉などの地上部に高濃度に蓄積することが知られています。
この蓄積と放射性セシウムの吸収に根の内部で共生している菌類が関係しているのではないかという研究報告があります。

Yamaji et al. (2016)ではコシアブラの根に内生する菌類を463株単離し、その内の2株が土壌に吸着している放射性セシウムおよびマンガンの脱着を促進させる働きを持つシデロホア(コハク酸)を産生することを見出しました。
このことからコシアブラの根に内生する細菌が根圏でシデロホアを生成し、これが放射性セシウムおよびマンガンの土壌から脱着を促進させ、その結果としてこれらの物質がコシアブラに吸収されやすくなることが示されました。

一方で、Sugiura et al. (2016)では2013年の夏と秋の調査から、コシアブラの葉に含まれる放射性セシウム濃度とマンガン濃度との間に明確な相関関係は見られないことを示しています。
これらの結果は、シデロホアが土壌からの放射性セシウムとマンガンの脱着を促進させるが、脱着した放射性セシウムとマンガンの吸収は独立に起きていること、を示しています。

このようにまだはっきりとはしませんが、少なくともコシアブラでは根に内生する菌類が土壌から放射性セシウムを脱着させやすくさせる働きを持つ可能性はありそうです。

コシアブラは他の植物に比べて根から放射性セシウムを吸収する能力が高い?

コシアブラの放射性セシウム蓄積能力が山菜の中で高いことは前回説明しました。
では樹木の中ではどうでしょうか?
Sugiura et al. (2016)によると、2013年8月に川俣町で採取したコシアブラ、ウリカエデ、コナラ、マルバアオダモ、アオハダの葉の放射性セシウム濃度を比較しました。
その結果、コシアブラの放射性セシウム濃度は他の樹種に比べて明らかに高いことがわかりました。
このことからコシアブラの放射性セシウム濃度は樹木の中でも特に高いことがわかります。

葉の放射性セシウムの樹種間比較
縦軸の単位はkBq/kg
Sugiura et al. (2016)より作成

コシアブラでは葉の放射性セシウム濃度とカリウムイオン(K+)濃度との間に高い相関があることがわかっています。
セシウム(Cs)とカリウム(K)は元素周期表では同じアルカリ金属(下図のピンク色の部分)に属しており、化学的性質が似ています。
つまり、これらの元素は植物への吸収や植物内での移動において似たような挙動を示すと考えられています。

元素周期表の一部
よしじのものおき Yoshi-G's Storage Roomより引用

カリウム(K)は植物の必須元素であり、植物への吸収や植物内での移動についてよく研究されています。
カリウムの植物の細胞への取り込みにはカリウムトランスポーターというタンパク質が関与しています。
これが放射性セシウムの植物細胞への取り込みにも関与していると考えられています。
ところでカリウムトランスポーターは同じ植物の中に複数種存在していることが知られています。
それらの間には、トランスポーターが局在する組織やカリウム(やセシウム)に対する親和性の違いがあります。
例えばAKT1という植物の根に局在するカリウムトランスポーターはセシウムの取り込みに関与していないことがわかっています(Broadley et al. 2001)。
これまでのところ、コシアブラの放射性セシウムの吸収に関わっているカリウムトランスポーターは見つかっていません。
今後の研究で他の植物に比べてセシウムを効率よく取り込むことができるトランスポーターが見つかるかもしれませんね。

コシアブラは根を浅く張るため、放射性セシウムを吸収しやすい?

これについては「春の味覚と福島第一原発事故(その3)」で検証していきたいと思います。

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