令和元年司法試験憲法 答案

R1司法試験憲法・答案

1 規制①の合憲性について
(1)規制①は、虚偽表現の自由を規制している。ここで、虚偽の事実を表現する行為(以下、「虚偽表現行為」とする)が憲法21条1項により「表現の自由」として保障されるか問題となる。
 表現の自由の保障根拠は議会制民主主義社会における自由な討議を可能なものとする必要不可欠なものとして厚く保障される。そして、表現の自由が保障された社会においては表現市場が存在し、劣悪または虚偽の表現はその市場において淘汰されることが想定されており、それらを含めたあらゆる表現が保障されてこそ表現市場は機能するといえる。したがって、虚偽の事実を表現する行為も、表現の自由として保障される。
(2)そして規制①によって、虚偽表現行為は禁止されており、上記自由は制約されているといえる。
(3) 上記制約の実質的な正当化の以前の問題として、規制①が憲法31条により漠然性ゆえに無効とならないか問題となる。
資料の法2条は、虚偽表現を「虚偽の事実を、真実であるものとして摘示する表現」と定義し、6条はこれを規制している。「虚偽の事実」という文言が漠然性の瑕疵を帯びないか検討する。
ある刑罰法規があいまい不明確ゆえに憲法31条に違反するものと認めるべきかどうかは、通常の判断能力を有する一般人の理解において、具体的場合に当該行為がその適用を受けるものかどうかの判断を可能ならしめるような基準が読み取れるかどうかによってこれを決すべきである(徳島市公安条例事件)。
この点、法2条は虚偽表現を「虚偽の事実を真実であるものとして摘示する表現」としている。そのため、通常の判断能力を有する一般人は、行おうとする表現が「虚偽」かどうかを判断しなければならないが、ある事実が虚偽かどうかを判断することはしばしば困難であり、そのため「虚偽」は曖昧な概念であるといえる。さらに、その曖昧さゆえに通常の判断能力を有する一般人は「明らかに虚偽ではない」事実、つまり真実と確信する事実しか表現ができなくなる危険性が極めて高いと言える。そのため、上記法律は上記一般人の理解において、具体的場合に当該行為がその適用を受けるかどうかの判断を可能ならしめる基準が読み取れるとは言えない。さらに6条の「流布」という概念は流布に当たるのか、友人への伝達など流布以外の行為に当たるのかの判断は非常に難しく、著しく曖昧な概念を使用しているというべきである。そして、その判断は通常の一般人の理解において適用されるか否かの判断を可能ならしめる基準を読み取れるとは言えない。
したがって、規制①は憲法31条により漠然性ゆえに無効となる。
(3) では、仮に漠然性の瑕疵がないとして、上記自由の制約は正当化されるか。適用すべき違憲審査基準について検討する。
表現の自由は議会制民主主義における自由な討議を可能にする必要不可欠なものでありその規制は原則として厳格に審査されるべきである。
また、表現行為のメッセージの伝達効果に着目した内容規制と内容中立規制に区分され、歴史経験的に不当な制約がなされる可能性が高い内容規制には厳格審査を適用し、内容中立規制には中間審査基準を適用すべきである。
この二分論を規制①に適用すれば、本件は虚偽かどうかという内容に着目し、それがもたらす悪影響という虚偽表現の伝達効果に着目しているといえるので、内容規制である。したがって、原則として厳格審査を適用すべきである。
では、他の事情により審査基準を緩やかにする事情はないか。
これについて、虚偽の表現は保障程度の低い「低価値表現」であり、審査基準を緩やかにすべきという立場が想定される。しかし、虚偽表現はわいせつ表現やせんどうと異なり具体的な害悪発生の切迫した危険があるわけではない。さらに、ある事実が真実か虚偽かを判断することが著しく困難なことも多く、真実と確信した表現だけでは表現市場が機能せず、議会制民主主義の基盤を危うくするといえる。したがって、虚偽表現行為も真実の表現行為と同程度に保障すべきであり、上記低価値表現の理論は採用できない。
また、規制①は虚偽表現の自由の害悪性に着目してそれ自体を規制するものであり直接的制約にあたり、間接的・付随的規制とは言えない。
したがって、規制①は厳格審査を適用し、規制の①目的がやむにやまれぬものであり、②手段が厳密に設定された必要最小限度のものであるとき以外は、憲法21条1項に違反して無効と解する。
(4) まず、規制①の目的は、法1条より虚偽表現により発生する社会的混乱を防止することと、選挙の公正を確保することにあるが、選挙の公正の確保は民主主義に不可欠なものであるのでやむにやまれぬ利益といえる。もっとも、社会的混乱の防止の目的については、極めて広範な概念であり、どのような社会的混乱が想定されているかを読み取ることが著しく困難である。さらに、やむにやまれぬ目的と言えるためには、当該表現行為から生じる害悪が重大なものであり発生が具体的現実的に切迫していると言える必要があるが、そのような社会的混乱に限定する趣旨は凡そ読み取ることができない。
したがって、規制①の目的は全体としてやむにやまれぬ目的であるといは言えない。
また、規制①の手段は、社会的混乱防止のために虚偽表現の自由を一般的に規制するものであるが、およそ全ての虚偽表現行為が社会的混乱を招くとは言えない。さらに、ある虚偽表現が社会的混乱の防止を招くことしても、その程度には色々な差異があることが想定され、重大な混乱に繋がりうるものだけを規制し、その重大性の程度に応じた規制をすることも考えられるのに、およそ一般的に虚偽表現行為を規制するのは過剰規制であり、厳密に設定されているとも、必要最小限度の手段であるとも言えない。
(5) 以上より、規制①は憲法21条1項に違反する。
2 規制②について
(1) 規制②は「特定虚偽表現」(法9条)行為を規制しているが、これは上述したように憲法21条1項により表現の自由として保障される。
また、当該表現行為は9条1項により規制され事後的に削除命令がなされる(同条2項)が、インターネット上の書き込みはそのサイト上に定着することを特質にもつ表現行為であり、これを事後的に削除させることは当該表現行為の制約にあたるというべきである。そして、この削除命令はまずその表現に現れる思想・観念の帰属主体である投稿者の表現が削除されるのだから、投稿者の表現の自由を制約しているといえる。また、そのような投稿を表示しているのはSNS事業者であり、このようなSNSの投稿表示機能がそれ自体表現行為といえ、しかもこのようなプラットホームの表現の自由を保障することによって潜在的な投稿者たる国民の表現の自由も保護されるといえるので、規制②はSNS事業者の表現の自由も制約しているといえる。したがって、上記自由は制約されているといえる。
(2)規制②は、「虚偽表現であることが明白であること」(9条1項)と刑罰法規を規定するが憲法31条により漠然性ゆえに無効とならないか。規制①と同様の基準で判断する。
虚偽表現であるかについて「明白かどうか」という要件が加わることによって、規制①よりは多少通常人が適用の有無を判断しやすくなったといえる。しかし、前述したように虚偽かどうかが漠然不明確であるから、明白という要件を課したところでその不明確さに有意な差はないというべきである。よって、上記規制は漠然性ゆえに無効というべきである。
では、上記制約は正当化されるか。適用すべき違憲審査基準について検討する。
(3)規制②が漠然ゆえに無効とならないとして、正当化されるか。適用すべき違憲審査基準を検討する。
規制②は虚偽表現がもたらす選挙の公正に対する直接的な害悪に着目しているので、メッセージの伝達効果に着目しているといえ、内容規制であり直接的規制である。したがって、原則として厳格審査で判断すべきである。
そして、選挙に関する表現行為は政治的言論に属するものであり、民主主義社会において極めて重要な自由の一つであり、慎重な判断を要する。他方、審査基準を緩やかにする事由は認められない。
したがって、規制②の目的が①やむにやまれぬものであり、②手段が厳密に設定された必要最小限度のものでない限り、規制②は憲法21条1項に違反する。
(4) 規制②の目的は選挙の公正を確保することであり、これは代議制民主主義において必要不可欠な国民の代表者を選ぶ過程を保護するという極めて重要なものであり、①やむにやまれぬ目的であるといえる。
では手段が厳密に設定された必要最小限度のものと言えるか。虚偽の表現はまず表現市場で淘汰されることが想定されており、根拠を示して虚偽表現に対して本人や関係者等が反論するなどによって、その淘汰が実現され得ると考えられる。したがって、そもそも規制の必要性を欠くので②の必要最小限度要件を欠くといえる。
これに対し、規制②は選挙期間中という一定期間のみに発動される規制であり、その期間内に必ずしも虚偽表現が淘汰されるとは限らず、そのような虚偽表現が流布されたまま選挙が行われることは防ぐ必要があるから必要性要件を満たすとの反論が考えられる。
しかし、そもそも虚偽かどうかの判断は非常に困難であり、虚偽概念自体意味の幅広さを持つので判断機関の恣意的な判断や誤判のおそれがある。さらに、国会の同意を通じて内閣総理大臣が判断機関たる独立行政委員会の委員を任命するとあり、与党の影響を強く受けることが考えられ、与党に有利な方向でこの制度を運用するという恣意的な運用のおそれも否定できない。したがって、このような機関に判断を委ねることは手段が厳密に設定されているとは言えない。
(5) 以上より、規制②は憲法21条1項に違反する。
以上


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