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定期的にお笑いライブに通う3(最終回)

吉住さんのネットラジオをきいていると
「お笑い芸人は苦しいところが多いがそれは外からみえにくい」
「滑ったことは永遠に忘れないしものすごい苦しい」
「ウケたときはものすごく嬉しい」
「やめた人もあまり芸人を後悔はしていないようだ」
などのエピソードがありましたがそれはオレのメモなので間違っていたらオレの責任であります。

さてそろそろ定期的にお笑いにいけなくなりそうなので3回目にして最終回ですが、3月17日になんばグランド花月にて「蛙亭結成10周年記念なんばグランド花月単独ライブ Thank you for 10 years. We go out into the wide sea. Come with us.」を観てきました。
なんと長いタイトルでしょう。

いままで、お笑いのライブを単独で60分なり90分なりじっくりみたのは(山里氏の140を別にして)はじめてでしたので、なんというかたっぷり満腹になるまで味わったなあという感触でした。グランド花月の大きい客席が皆揃って舞台の上に釘付けになっているところが好かったです(私のすぐ前の席にたまたま関係者らしき男がおり舞台進行中にスマホを取り出しては明るい光を出していたのでこういう低レベルの関係者が撲滅されるくらいのレベルまで蛙亭さんが大物になってくれますようにと願いました)。

10周年とはいえセレモニー的なものが何もなくて、漫才とコントを満載にして2100くらいぎりぎりまで舞台を使う設計で、長尺のコント(シリーズ連載のようなもの)がとても見ごたえがあり、かつしつこくて、驚きとアクションにも満ちていて、こういうのは尺としてTVじゃできないよなあと思い、舞台ってこういう演者がやりたいものをぎゅうぎゅうに詰め込むことができるんだなあと思い、舞台はええのうと思っていました。

また、客席における若い人たちの率というか、ものすごい女性率というか、私が想像していたよりもはるかに高い女性率で、それこそハイツ友の会のときにも少々思いましたが、お笑いライブの女性芸人さんの人気というのはいま女性客が支えているんだなあと思い、まあそれは別に客が女でも男でもLBGTQ+でもなんでもいいとは思うのですが、ネガティブな意味で男ばかりの客席で何かが行われていると汚くみえて、女性ばかりの客席であればそうでもないという傾向があると思うのです。
私の偏見と妄想による意見ですが。

それこそなんでしょうか、アイドルシーンがいま成り立っているのも女性客の皆さまの御陰ではないかと思うところがあり、いやしかし、その話をはじめると何か別の方向にいきそうなのでやめます。

どちらにせよ「ある何か自分ではないものを強く応援する」ことを推し活動と言っていいならば、そのようなパワーはジャンルを維持させる力となってお金の動きを産むと思うのですね。

ただ好きだ好きだというだけではなにも生まれないのであって、YOUTUBEでそれを言うとお金の流れがうまれます(推し活動をWATCHする趣味の人がいる)。

私はお笑いのどのような点が面白い(と私が思う)のかに興味があって、蛙亭さんは、驚きをつくることができると思うのですが、それは舞台の上で奇妙なことを言うとか奇妙な動きをするとか、そういう形でつくられる驚きは多分すぐ飽きてしまうと思うのですね。

それよりは「何かが起きるのだがそのタイミングやシチュエーションにおいてアブノーマルさが表れる」のが蛙亭さんの魅力なのではないかと思うのです。それは動きの中やお話をうごかすダイナミズム(欲望の方向)などによってしか生まれないので、設定そして人間のアクションによってつくられるわけですが、設定をつくるのがイワクラさんのネタ原型であり、アクションが強く大きくしかも速いのが中野さんの仕事なのではないかと思います。

同じことを誰か別の人別のコント屋さんがやったとしても同じようにはならないわけです。

つまり面白い顔をした人が何かをすると面白いのではなくて、面白いわけでもない顔をした人がとつぜん予想しないことを予想しないような顔をして起こしてしまうから面白いのではないか。

そういうタイプのお笑いコンビをこれまで見たことがなかったので蛙亭さんは今後もずっとおいかけていきたいと思います。

たのしい無職の時間を堪能していましたが来月から就職してシフト勤務になり土日の休みなんてものは保障されなくなるため、お笑いライブに定期的に通うことは一旦終了しますが、これからも突発的にお笑いライブを観ていきたいと思います。





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