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他人に向けられる感情があるならそれは攻撃(再就職その2)

こんばんは。50代男性です。noteは最低月1回くらいで何か自分がその都度考えていることなどを書いていくべえと思っているわけですが、5月(先月)の出来事から考えたこととしては他人の悪意、いやいや、他人に向けた攻撃的な感情がありますね。
それは「ものごとが思い通りに進まなかった」ときに「それはおまえのせいだ」という感情を隠すことなくあからさまにアウトプットするものですが。

こういうのってたとえばコンビニで店員に向けて攻撃的言葉を吐く人間がいますね。怒りを抑えることをしない人とか、なにかが売り切れだったときの感情のやり場に困った人とか、いますね。

私も職場では他の人とかかわることがあるわけで、その際に攻撃的な感情をモロにくらうことがあるわけです。
まあ気分は良くありませんが、それを私が考えるネタとして使わせていただくこととします。

だいたい職場というのは戦場でもありますし、闘いが行われている場では自らの立場・健康・精神の健全さなどを守ることが最優先でありますね。それによって業績とか利益とか時間とか損失が出たとしてもそんなことを気にすることはありません。そんなのは組織の問題であって個人の問題ではないのです。私に必要なのは私を守ることです。これが社会における闘争です。
しかし、ライバル会社同士とかならともかく、おおきい一つの組織の中でこうした「闘争」が行われているのは、あまり風土として良くないですね。部門間の争いのように見えます。

私は具体的なケース例の説明を隠して書いていますが、それはしょうがないですね、守秘義務というのがありましておいそれと具体的に書くわけにもいかないのです。ですから皆さんは読む場合には、それぞれ皆さんの会社とか組織とかに置き換えていただきたい。

まあそれでうまくいかないこともあるわけです。経費が余計にかかることもあるわけです。誰かのせいにしたいわけです。

勝手にすればいい。私も勝手にします。あらゆるトラブルは解決などしないのです。人間と人間の闘争なのですから。

私はいまここまで書いて、なんだか不思議な気分になっています。これまでといいますか、かつて私は医療福祉の業界で働いていまして、まあ12年くらいは生き延びたわけですが、そっちの業界では「闘争」というのは基本的にありえない話でしたので、そこが不思議な気分というわけです。

(注・儲からないので倒産するという闘争はありますが・・・)

医療や福祉の業界においては、サービス提供の側(医者や看護師やその他コメディカル)とサービスを受益する側(お客さん・・・じゃなくて患者とか利用者)がいます。この関係性は闘争ではなくて「よりよい解決をめざす」です。もちろん限度はありまして、治らない疾患もあるし、痛みがつづくこともあれば、オムツ交換がちょっと遅くなることもあるでしょう。でもサービス提供側はできる限りのことをしようと思ってやってるんですよ。そういう精神じゃない人は医療福祉業界ではやっていけません。口ではなんと言っても、基本的にはサービスを提供することは職業倫理の一環に入っていますので、憎たらしい爺の口が悪くても、サービスを行うことそれ自体は行うこととなっており、嫌だからやりませんとは言えません。もちろんその内容が甚だしくサービス提供できかねることもありますけど、それはまた別の話なのでここではふれません。
ポイントは医療福祉業界は「利益を高く」するために行っているわけじゃないということです。だいたい厚労省が利益はいくらだと決めているので(医療保険点数・介護保険点数)、時間でこれはいくらと決定されています。普通はそういうところではサービスの質が落ちるのではないかと思う向きもあるかもしれません。しかしいちおう日本の医療福祉業界はまだぎりぎり倫理の一線を保っているので、少なくとも私の勤めてきた職場の同僚たちはちゃんとサービスを提供していましたよ。

しかしいまいる職場はなんといいますかものを売るのが基本というか小売りです、分類としては。サービスを提供する=ものを売る。
そのために快適な場所で買いたくなるようなものを美しくまた興味をひくようにディスプレイして品ぞろえを・・・
書いていてなにかこうクラクラと貧血気味になります。小売りってそんなもんでしょうか。そんなもんでしょうね。なんだか私は今このように文を書いていて自分ではじめて気が付いたのですが、そんな業界にやってきてしまったんですね私。

でも思い出しました。かつて私は古書店のアルバイトというのをしていまして、まあ、これも「小売り」です。しかし面白いのは、古書というのは誰が何を欲しがっているのか基本的には「未知」であるという点です。

しかし大きい規模の小売りになると、「これは皆さん常識的に買いたくなるのではありませんか?」みたいな、生活必需品というか、食品・衣料・その他の消耗品などを大量に売るような世界は、誰が何を欲しがっているのかが「既知」であるような気がします。

そういう世界でものを売るような人(店に立つ人)は、経費とか、あらゆる局面において「最も安く!」と値切ることも当たり前なのかもしれません。

それに反するようなことがあると怒りとか憤怒が生まれるのかもしれませんね。

そして怒りとか苛々が大きい組織の内部で互いに向かい合うときに軋みが生まれるわけです。パワハラ。セクハラ。罵倒。過大な責任の押し付け。

売り上げが上がらないのはそういうことのせいじゃないだろうに。

ややわかりにくくなってきたので、もうちょっと構造を箇条書きにしてみましょう。
・医療福祉の業界では一般に売り上げは制度が決めているので単価が固定されており、そのため、努力すべきは「質のよいサービス」を提供することになる傾向がある
・小売りの業界は売り上げは「経営努力」なるものを「磨き上げる」ことで天井知らずで上がっていく可能性があるとされており、そのため、努力すべきは「より経営に注力」となり、過剰に注力していると内部で互いに戦犯探しをしたりパワハラをしたり無限残業で人間を壊すなどの人間疎外が生まれやすい

わざと単純化して比較しやすいようにしています。

要は、小売りでは、サービスの質がいいからといって利益が最大化するわけではないということです。やさしい店員さんがいるからその店にいく?もしそれが最適解と決まっているならば、どのように「優しい人間になる」のかのセミナーとか開かれるでしょうね。

そうじゃないから、小売り職場の戦場では、客に対してはなるべく感情を表さず、同僚や上司部下の間では感情を無秩序に開放したときに攻撃になっていく、ということでしょうか。

別に医療福祉の業界にこのようなことが見られないわけではなく、パワハラ全開とか無秩序とか荒涼とした暴力の世界などの荒れくるった職場も存在すると思います。すべては個別の問題であります。ここで私が書いているのは、私が感じるような小売りの組織では何が内部で起こっているのかの、雰囲気、空気、ムード、何が誰の首を絞めているのか、機嫌のわるい人間が期限の悪さを全開にしたまま働いていてそういうのは公害ではないのか、そうした事柄たちについてのことです。

まあ雇われて働いている身として、どんな場所に行っても必ず文句はあるわけであり、理想の組織なんてものはそれが組織である以上はありえません。理想でいきたいなら自分ひとりでやるしかないわけです。だから私も再就職してまだ2か月しか経っていませんが、さっさとやめたいですね。本音は大事なので書いておきましょう。

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