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いろんなものが足りていない。
知識やスキル、経験がないということは、その分野において、まだ生まれて間もない赤ちゃんと同じということだ。世間一般的に、を身につけるためには、世間を生きなければならない。これはおかしい、この感覚を身につけるためには、人と関わって生きていかなければならない。ひとりで生きていては、自分の価値観しかわからなくなるからだ。人が嫌がっている、人が喜んでいる、人がおいしいと言っている、人が怒っている。それらの様子を見て、学習していかなければならない。

生まれて、大きくなりながら、身につけてきたはずなのに。知らないことばかりの世の中だ。知るとは、どういうことなのだろう。私の知るは、体験しない限り、知ることができない。 

だから、手数が多い。なんでもかんでも手を出して、よく溺れている。

昨日、夕飯の牛丼を作りながら、ふと思った。
なんで私はこんなにも、あれやこれやと手を出してしまうのだろう。もうやめておけ、と自分に言いたくなる。

すぐに、結論は出た。
生きていることを、味わいたい。
やらなければ、苦しくもつらくもないのに、ついつい、手を出してしまう。その苦味もぜんぶ含めて、いろんな味を知りたい。
なんでも口に入れる赤ちゃんと同じだ。

知らないところに飛び込んでしまう。残りの時間は刻々と減っていくことだけは知っているから。身体が動くうちは、自分の身体に体験させたい。その上で、なにを感じるのか。この人と出会い話して、なにを思ったのかを書いてみたい。いつか、身体が動かなくなったときに、自分で読み返して反芻するかも知れない。2度楽しむことができる。
人生に、生きることに貪欲なのかもしれない。

なぜか、生きれない人がいることを知っているから。
自分も生きれないかもしれなかったから。
いま、生きていることを味わいたくて仕方ない。

反芻する時は、きっと記憶を身体が思い出すのだと思う。
だから、いろんなところに行って、人に会って、話を聞いて、景色を見て、味わっていたい。

手持ちのものが少ない。足りてないのだと思う。
だから、いつも人に助けてもらう。
そうして、なんとかここまで生きてきた。

足りてないけど、その分、なにか他のものはたくさん持っている気がする。
それを人に渡していくことで、この先も生きていけるだろうか。

それは誰にもわからない。
生きれるところまで生きていくしかない。

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