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こちらは、「稀人ハンタースクール Advent Calendar 2023」に参加するために書いたエッセイです。カレンダーをクリックすると、「クリスマス」をテーマにした書き手のnoteを見ることができます。

クリスマスが近づくと、頭の中にケンタッキーフライドチキンのCMが流れてくる。このCMを初めて見たのは、中学2年生の冬だった。KANさんの優しい声と低音のアカペラが織りなす心地よいリズムに、心がホクホク温まる。そして、なぜか切なくなる。音色に薬でも混じっているかのように、毎回涙ぐんでしまう。

CMにはいろんなバージョンがあって、家族や友人、甘酸っぱい恋の設定もあった。私が憧れてていたCMは、YouTubeで見つけることができなかった。
こちらはお父さんと娘編。

 このイメージで想像して欲しい。大きなクリスマスツリーの前で、女の子と男の子がクリスマスプレゼントを交換する。女の子がプレゼントを男の子に手渡す。男の子が袋を開けると、そこには雪の結晶のような模様が入った薄いベージュの毛糸の手袋が入っていた。男の子から女の子へのプレゼントもサーモンピンクの雪の結晶の模様が入った手袋だった。二人は顔を見合わせると、フフフフッと照れくさそうな笑みを浮かべ手を繋ぐ。実家のコタツでテレビを眺めていた私は、大好きなCMが流れるたびに「キャーーッ♡」と静かに心をときめかせていた。

 当時、「べんちゃん」という男の子のことが好きだった。田舎の中学では、男子は有無をいわせず坊主だった。べんちゃんは、坊主頭にキリッとした濃い眉毛、星飛雄馬のようにギラギラとした瞳。ハンサムなのに抜けているところがあり、みんなから「もう、べんちゃーん!」と、イジられているような男の子だった。

1年生の時は同じクラスだったけど、2年生になるとクラスが分かれた。べんちゃんは1組、私は2組、クラスが離れ話す機会も減ってしまった。クラスが分かれると、廊下で会っても恥ずかしくて話すことができなくなった。べんちゃんに、「好き」だと伝えたのかどうかは覚えていないけど、友達カップルを真似て交換日記を始めた。目の前にいると話せないけど、交換日記なら書くことができた。学校や部活、姉妹、家で飼っている犬のことを書いていたと思う。

すっかりケンタッキーのCMに憧れを募らせた私は、「べんちゃんとあのシーンをやりたいなあ」と妄想を膨らませるようになった。恥ずかしくて会話もままならないくせに、妄想だけは一丁前だった。べんちゃんにプレゼントを渡すことを決めた私は、勇気を振り絞ってクリスマスの放課後、べんちゃんを下駄箱に呼び出すことにした。

母にお願いして、ちょっと離れた所にある大きめのスーパーへ連れて行ってもらった。田舎なのでどこへ行くにも親の車で連れて行ってもらわなければならない。歩いて行けるのは、駄菓子が売ってるたばこ屋くらいだった。スーパーにつくと、CMに出てくるような柄の手袋を探す。嬉野町のスーパーには、緑色の縁をした白い軍手が束で売られているだけだった。鹿島市のジャスコにも連れて行ってもらったが、紳士用の真っ黒のグローブみたいな手袋を見つけたくらいで、CMに出てくるようなオシャレな手袋はなかった。

プレゼントすら買えない田舎町に嫌気がさす。諦めようとしたその時、嬉野町で一番オシャレなお店のことを思い出した。小学生の頃、周りの友達とはちょっと違う服装をしたオシャレな友人たちが、よく話していたお店、「おとぎランド」。一度母にお願いして連れて行ってもらったが、なくても困らない可愛い雑貨や、ピチレモンに出てくるようなアイテムが置かれているお店だった。

「おとぎランドに行くしかない!」

また母に頼んで、ファンシーショップ「おとぎランド」に連れて行ってもらった。バッチリ想像通りではないけれど、これまで見てきたどの手袋よりもオシャレな手袋を見つけた。「さすが、おとぎランド……」。
濃いめのグレーの手袋はべんちゃんに、赤色の手袋は自分に。雪の結晶柄ではないけれど、手袋の真ん中あたりにゴチャゴチャっとした柄が太めのラインのように入っていてCMの手袋をイメージさせてくれた。おそろいの手袋を色違いで買って、CM再現の準備は整った。

 クリスマスの日の放課後、駐輪場横にある下駄箱で待ち合わせをした。部活を終えて汗を拭いて、急いで着替えた。剣道でボサボサになったカリメロみたいなテクノカットをクシで真っ直ぐに整えて、下駄箱でべんちゃんを待つ。頭の中ではボーンボーンボーンボーン、ボボボボボン♪と前奏が流れている。

陸上部のべんちゃんも部活を終えて現れるはず。しばらく待っていると、べんちゃんが自転車を引いてやってきた。目が合うとやっぱり恥ずかしい。言葉は出てこないけど、いつも廊下で交換日記を渡すように、ハイっと手袋が入った袋を渡した。袋を受け取ったべんちゃんは、コクンと頷き、袋を自転車のカゴに入れると、「バイバイ」とだけ言って、片足のりで自転車を滑らせ行ってしまった。

悲しかった。

なにこれ?開けてみていい?手袋を着けるべんちゃん。
もちろん、私はもう赤い手袋をつけている。
「一緒だね」と、ニッコリ微笑むと、手袋をつけたべんちゃんの手が私の手をギュッと握る……。

妄想シーン

何日間も楽しませてもらったCMの妄想は秒で崩れ去った。プレゼントの中身も見てないし、自転車を引いてたら手が繋げないし、ちゃっかりヘルメットも装着しているし。さっさと帰る気満々のベンちゃん、ロマンがないよ。
と、思いつつ、ベンちゃんの「バイバイ」を何度も心で再生し、しばらくニヤニヤしていた。

べんちゃんとは、その後も徒然と交換日記を続けた。翌日のノートには、「プレゼントありがとう。嬉しかった」と書かれていた。べんちゃんとの交換日記は、その後自然消滅した。中学を卒業後は、別々の高校へ進み、べんちゃんがどこでなにをしているのか知らない。

それでも、クリスマスになるとKANのChristmas Songとセットで、ヘルメット姿で自転車を引いて下駄箱に登場するべんちゃんの姿を思い出す。憧れのCMを再現することは叶わなかったけれど、その日を迎えるまでのドキドキワクワク準備の時間は、私の心を熱燗のように長くぬるく温めてくれていたことを覚えている。このnoteを書いてみて改めて感じたことがある。幸せを相手の反応に委ねなければ、いつだって幸せでいることができる。

今年KANさんがなくなってしまったけれど、これからも毎年クリスマスには、KANさんのChristmas Songを聴いて、思い出すだろう。
ぜひ聴いてみてくださいね。心が温まりますよ♪




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