夢の淵に惑って

夢の淵のことを考えている。夜に見る夢の淵のだ。

ドキュメンタリー映画で脳科学者が、夢は幻想ではなく実体験だ、と言っていた。脳にとっては同じ、ということだろうか。ゆっくり話を聞いてみたかったが、脳科学者は、画面の向こうで巨大化していたので、それが叶わなかった。

朝、起きて、夢に入るときのことと、夢から醒めたときのことを考える。覚えていないが、かすかに、夢の淵が見えたような気になることがある。温かい闇のような漆黒の色。ガラスのような素材で、指でなぞると紙で切ったような鋭い傷ができそうだ。それが、帳のように降りてくると、私は体をこの世に置いて、どこか別の世界で生きる。ほとんどの記憶はない。夢の帳は、気づかないほどゆっくり降りることもあれば、目覚めたときに意識するほど、ばっさりと急に降りることもある。夢の淵が降りてきて、体中を包み込み、そして、するすると解けるように体を離す。楽しかった体験も、悲しかった出来事も、目が覚めたら忘れていて、忘れないよ、と言ったのに、そのことさえも忘れてしまって。

そして、ぼんやりと天井と、棚の上の時計を見比べる。スヌーズ機能の携帯電話がけたたましく鳴るのを何度も止める。

何か大切なことを私は忘れてしまったのだろうと思う。そのことを思い出したら、泣いてしまうほど大切な記憶を。
だけど、それでよかったんだと思う。
胸がこんなに温かいなら、体がもっと大切なことを覚えている。




週末に、今までと違う形の投稿をしたいので、その準備に入りますので、しばし投稿はお休みします。再開したらまた、よろしくお願いします!

#エッセイ

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